第3話




本作品には以下の傾向を含みます。

SF設定/密室/飼育/(捉えようによっては)獣姦

   

「……おい、何だ君は」 どれ程長い間茫然としていたのか。 ようやく思考を立て直した俺の口から出たのは何とも間抜けた台詞だった。 くしゃくしゃになったシーツの真ん中で、マヤは背を丸め、膝を抱えるようにして眠っている。まるで「猫」のように。 規則正しい、小さな寝息まで聞こえる。 恐る恐る手を差し伸べる――丸く柔らかな二の腕に……猫ならば、左の前足にあたる部分に、そっと。 ふわりと温かく、滑らかで、しっとりと掌に心地良かった。 思わず、そのまま肩の付け根まで撫で上げてみる、と。 「ぅ……」 白い喉元がくっと反り返る。 思わず手を引っ込めて見守っていると――伏せられていた睫がぼんやりと隙間を広げてゆく。 「マヤ――?」 その瞳が見開かれた瞬間、確かに彼女だと確信が持てた。 猫と人間の瞳は全く違うはずなのに、それは寸分違わず、あのマヤだった。 「にぁ……ん……」 喉の奥を震わせて鳴く、その声。 いつもよりやや人間染みて聞こえるのは気のせいではないのだろう―― 声帯の構造も異なるので使いこなし難いのだとは、後で彼女に言葉を教える過程で気付いた事だった。 「本当にマヤなのか?」 呆気にとられた俺の表情を、きょとんとした眼で見上げている。 が――次の瞬間。 ガバッと、それは猫のような勢いで。 丸くなっていた姿勢が四つん這いになったかと思うと、さも嬉しそうに俺の胸の中に飛び込んできたのだ。 いつもなら、シャツに爪を立ててへばり付く彼女を片手で掬い上げ、顔の高さまで持ち上げてあやしてやる。 それから額や鼻の頭にキスするのが帰りの帰宅後の挨拶なのだが―― その夜の彼女は、小さいとはいえ割と重量感があった為。 俺は思わずバランスを崩し、そのまま床に彼女を抱きかかえるようにして座り込んでしまった。 改めて抱きしめた彼女の肌は酷く滑らかで、温かく――力をこめてしまうと折れてしまいそう程細いのは猫の姿の時と変わらなかったが、紛れもなく人間の少女の身体だった。 マヤはそのまま、嬉しそうに俺に身体中を押し付けてきた。 小さな顎を俺の頬にくっつけてきて、ズリズリと擦り上げて喜ぶ様は、昨夜のこの時間の様子とほとんど変わらないように見える。 「ふぃぎゅ……んなぁ――」 「――一体何喋ってるんだ、猫語か日本語か?」 「みぁあ……!」 「……猫語だな」 そっと髪を撫でる。 肩甲骨の下までふっさりと伸びた、黒く艶やかな長い髪。 やや癖のある前髪のあたりは、猫の姿の頃にも跳ねがちだった頭の毛にそっくりで、思わず吹き出して笑ってしまった。 「にっっ!」 と、何も言っていないのに馬鹿にされたとでも感じたのか、眼を釣り上げて叫ぶ。 勿論、本当に怒っているのではないとわかる、他愛無い仕草で。 「信じられんな――ホントに人間の女の子になってしまったのか?」 脇の下に手を差しこみ、上半身を真っ直ぐにして観察する。 くすぐったいのか、身を捩って離れようとする仕草など、疑いようもなく子猫のマヤそのものだ。 だがその姿は――身に纏うものは何一つない、真っ新なその身体は、人間に換算すると一体幾つ位になるのだろうか…… ほんの細やかとはいえ、二つの胸の膨らみがある所を見ると、思っている程子供じゃないだろう、という予想は正解だったかもしれない。 レディに対して大変失礼な行為だとは思ったが、確かめずにはいられなかったので。 不愉快そうに身を捩るマヤを床の上に仰向けにひっくり返すと、腰を固定して両腿の付け根に視線を遣った。 遊んでもらえると勘違いしたのか、マヤはそのまま大胆に――いつもの事だが、手足をバタつかせて俺の腕を捕まえようともがく。 その動きを封じ込めながら見た所――「その部分」、も明らかに人間の雌――いや、女性の器官そのものに間違いなさそうだった。 固く閉じきったような細い隙間の周囲は、猫だった頃に全身を覆い尽くしていた毛皮の代わりに、ごく薄らとした煙のような陰毛に覆われているだけで、ほとんど剥き出しに見える程に青く、幼い。 と――その時。 「みぎゃ!!」 「ぶっ――ちょ、おい――その姿で真剣に暴れるのはやめなさい!」 ……と、言葉で言ってわかるものでは当然ないのだが。 暴れたマヤに蹴られた顎を抑えながら、途中からこみ上げてくる笑いを抑えられず、俺はゲラゲラと這いつくばって笑った。 その様子を、マヤは不思議そうに見つめている。 猫の癖に――今は人間の姿なのでそれが楽だからなのかもしれないが、横座りに足を折っているのがまた可笑しくて、俺は暫くの間笑いの発作に襲われ続けたのだった。 web拍手 by FC2

last updated/11/01/03

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