第6話



この6話のみ一部面白くもない下ネタ談義を含みます。
あまり気にせず読み飛ばして頂ければ幸いです。。(´・ω・`)

  

「──そんなもん、慣れよ慣れ。 誰だって最初っからそんな器用におしゃぶりできるわけないでしょ」 ちょうど衣装を着替え終わったばかりのカノンさんは、血相を変えて飛び込んできたあたしのとんでもない一言(「く、口でするのって、どうしたらうまくいくんですか!?」)──を聞いても顔色ひとつ変えずにそう言い放った。 「でもっ……酔ってでもなきゃ、あんなことまともにできないし──で、酔ってるといつも以上に不器用な気がするし、それで──は、速水さんに……無理させてるし。恥ずかしくて、もう死んじゃいたいくらい」 あたしは最早涙も出なくなった顔を歪めて、小さく小さくなっていた。 さっきの夢のような出来事。 いや、酔っ払っていただけに、途中から本当に夢なのかもしれないと思っていた。 だって、あんな場所であんな事──普段のあたしなら絶対にできないのに。 でも、あたしは、したのだ。 そして、大失敗。 女の子として、恥ずかしくて、ちょっぴり悔しくて、何よりも情けなくて── とにかく、身の置き所がない程切羽詰まっていた。 できることなら、今夜の出来事全てなかったことにしたい。 今すぐ速水さんの記憶から消し去ってもらいたいくらい。 だけど、そんな事叶うはずもないのだ。 「バーカ。死ぬくらいなら何でもできるでしょ。 私に言わせれば、貴方達ってそうやってじゃれてるようにしか見えないんだけど」 カノンさんは呆れた、といった風に溜息をつくと、それからにっこりと微笑んだ。 「まあいいわ。可愛いアナタの頼みなら、教えたげる」 舞台裏につながった小さな部屋。 大きな鏡の前は様々な化粧道具、衣装、お酒の瓶、花束、その他雑多な様々なものに溢れている。 舞台衣装から着替えたカノンさんは、思ったよりもシンプルな黒のシャツとジーンズ姿で、お化粧がなければ普通の男の人みたいな恰好で長い脚を組んでいる。 綺麗な指がさっと動いて、化粧台の上のペンとメモ帳を破りとった。 おいで、と目で促され、あたしはその側に椅子を寄せる。 ローテーブルの上にメモ帳を広げ、カノンさんはさらさらとペンを走らせた。 「いい、男性器の全体像は――こう! どうせ恥ずかしくてろくに観察できてないんでしょ、いつも」   「うっ……そ、そうですけど──」 もっと赤裸々なものを見せられると思いきや。 カノンさんが描いたのは単純な線でできた──ヘリコプターのような絵だった。 「そうそう、ヘリコプターだと思ってなさい。 一番敏感なのは尾翼のここ!けど、普段は格納されてるの。 いろんなきっかけで格納庫から出てくるけど、普通は性的な刺激で大きくなるわ」 「……その、タイミングがわかんないんですけど」 「そんなの頭で操縦できるわけないでしょ。 だから大変だし、面白いんじゃないの。」 「あの──具体的に、どうしたら──その、満足?するんですか? あたし、本当のところよくわかんないんです──男の人が、なんで──」 「なんで突っ込むのかって?」 「……」 耐えきれなくなって絶句したあたしをしげしげと見つめて、それからカノンさんは爆笑した。 あたしの抗議にも関わらず、ひとしきり笑って目尻の涙を拭う仕草に、ふっと速水さんの姿が重なって慌てて打ち消す。 「そりゃ気持ちいいからに決まってるでしょ。特にこの尾翼はね──人によるけど、この先端部分と、傘のように膨らんだ部分の裏側──それからアタシは此所がスキなんだけど。──を、舐められたり擦られたりすると相当感じちゃうわけよ。 でも勿論、あなたが失敗したように歯を立てたり強すぎる圧力は禁物よ。ごくごく繊細に扱ってくれなくちゃ。棒付きキャンディーみたいに勿体ぶって、ゆっくりとね。 でも、時には食欲に任せて性急にするのも……アリよ」 カノンさんはゆったりと微笑みながら、単純な線画に微妙な影をつけて部位の名前を解説してくれた。あたしは頬を真っ赤にしたまま、それでもじっとそれを見つめる――世の中、知っているようで知らない事だらけだ。 「あとね、このヘリは内臓と同じくらい敏感ってのも覚えておいて」 「内臓?」 「そうよ、ってゆーか内臓なのよ、ペニスは。 大体、こんな大事な器官は体内にあるべきだと思わない?女性器はそうだわ。蛇や鳥だって。スムーズな生殖のためだけに外に出てるのよ。それでもって精子は低温でないと生存できないから──だからこの操縦席の部分、精巣の温度は低くなってる──ってのは、触ってわかるでしょ」 急に生物の授業めいた口調になったカノンさんを、あたしはきょとんと見上げた。 「内臓は骨や筋肉に守られてるけど、この繊細な器官は剥き出しのまま外に露出してる。 だから男の最大の弱みになるわけ。男が股間を蹴られたり噛まれたりして悶絶する痛みは、内臓を鷲掴みにされてるのと同じだと思えばいいわ」 あたしは一層頭の中がクラクラしてきた── そんなこと言われたら、ますますあんな行為、できっこないではないか。 「でもまあ、そんなの怖がってても仕方ないしね。 あたしもさんざ失敗したけど、コツはあるのよ」 「コツ?」 「そう──どうしたら満足するかなんて、結局のところ、オトコを酔わせるのは……」 カノンさんはふとメモ帳をのけた。 知らず知らずのうちに近づいていたあたしの、頬にそっと手を寄せる。 アーモンドの形をした瞳がしっとりと濡れ、その中にあたしの顔が写り込んでいる── まだ艶やかに唇を彩るルージュが、魔法のように囁いた。 「好きな人が自分に触れてる──必要なのはそれだけ。 あの人がダメなら、私で試してみる?」 と、あたしの唇に触れるギリギリのところで。 「だ、ダメっ──」 吸い込まれそうな魔力を、全身で拒むのと。 背後のドアが荒々しく開かれるのは、全く同時だった。 *** 深海のような静けさと幻想めいた光に満ちていた会場の雰囲気は、一変していた。 照明は派手で真っ赤なものに変わり、上品さの仮面をかなぐり捨てた人々は爆音の中で嬌声を挙げながら踊り狂っている。 喧騒の中をかきわけながら、俺はマヤの姿を追い求めた──が、なかなか見つからない。 けたたましい笑い声をあげながら胸元にぶつかってきた半裸の女を押しのけてみれば、最初に溝河と同席していたホステス風の女だった。 素早く視線を巡らせると、案の定少し離れた場所に溝河の姿があった。 四つん這いになった女に跨りつつ、後ろから若い男に覆いかぶさられるという、複雑な姿勢を存分に愉しんでいる様だった。俺の睨みつけるような視線に気づくと、先程の出来事などなかったかのように片目をつぶって見せる。 「溝河さん、マヤはどこですか」 「おや、君と一緒なんじゃないのかい?」 「──では、カノンは何処に」 「カノン!そういえばあいつはどうしたんだ? さっきからさっぱり姿が見えないじゃないか」 「もう。溝河さんったらいっつもカノン、カノンって。妬けちゃう」 「ははは、美しいものなら何でも欲しいんでね。珍しければ尚更だ」 再び戯れ始めた溝河を背に、俺は混沌の隅に潜むマヤの存在を追い求めて神経を尖らせた。 ふと、先程の舞台に目を遣る。 生演奏用のセットはそのままに、一段上に備え付けられたブースでDJらしき男が一人、身体を揺らしている。 近づいてよく見ると、その背後に出入り口のような扉があるのが見えた。 近づく俺に向けられる男の不審な顔。 それから慌てて俺を押しとどめる手を払いのけ、俺はノブに手をかけた。 そして── …… …… 「──ほんと、アナタってタイミングいいんだか悪いんだかわからないわね」 「余計なお世話だ。マヤを返してもらおうか」 「そんなに大事ならもうちょっと気合入れて捕まえときなさいよ── そんなんだからしつこいお嬢様やら変態社長やらにつきまとわれるのよ」 毒気のない微笑みを浮かべながら、それでも台詞はなかなかに辛辣だ。 硬直するマヤの肩をそっと叩き、俺の方を指差す。 「ほら、帰りなさい。これからココはもっとややこしいことになるから」 マヤはゆっくりと立ち上がり、躊躇うように顔を上げた。 その腕をこちらに引っ張り寄せ、カノンに向かう。 「溝河はマヤに何を──?」 「法に触れるギリギリってとこの薬よ。明日起きるのがちょっと辛い程度で身体には影響ないわ。でも、このパーティーのことは口外しない方が身のためね」 「奴は何者なんだ?何を企んでる?」 カノンは大きく背を伸ばし、面倒臭そうに頭を振った。 「企むだなんて。あの人の趣味はあれで単純よ。 物言うお人形と、冷徹な仮面を被ったキレイな男の絡むとこが見たいとか、そういうとこじゃない?ああしたお金持ちにありがちなくだらない妄想だわ。ビジネスの点では申し分ない人だし、気に入らないとは思うけど、そちらのお付き合いは続けといて構わないと思う。でも二度とこのパーティーには関わらない方がいいわね」 「成程──御忠告有難う。では──」 「ま、待って」 「マヤ!」 「ちょっとだけ。カノンさん、あたし──また、あなたの歌が聞きたいんです」 「此所は今宵限りよ。それに、危なっかしくてアナタなんて呼べないわ」 「ええ──だから、いつか。ちゃんとした、ステージに立つ時に」 「──ちゃんとした、ね」 カノンはそっと目を伏せた。 俺はそこではじめて、ドラァグクイーンとして歌う女の複雑な心境に同情に近いものを感じる。 確かな才能を持ち、世渡りも頭もいいこいつのこと──その気になれば表の世界で輝くことだって決して夢ではないはずだ。 だが、そうしないのにはきっと訳がある──まあ、俺には関わりのない事。 ……の、はずだったが。 「──その気があるなら、後で連絡しろ」 カノンとマヤが一斉に目を瞬かせた。 全く、これだから女優という奴は。 「但し、マヤに手を出すのは厳禁。それができるなら、大都でプロデュースしてやる」 「手のかわりに他のとこ出すかも」 「殺すぞ」 カノンはけらけらと笑うと、呆気にとられたままのマヤの頭をぽんぽんと叩いた。 「──だって。いいわ、その時は是非聞いてちょうだい。 一番いい席を用意するから──マヤ、可愛い小鳥ちゃん」 歌うようにして呟かれたマヤの名は、癪に触るがやはり魅力的な響きを放つ。 すぐにでもマヤの耳を塞ぎ、その魔力から遠ざけ、もう一度俺だけの籠の中に── そんな俺の内面を見透かすかのようなカノンの笑みにこちらも微笑みで返して。 俺とマヤはようやく、欲望の迷宮のようなそのビルを抜け出したのだった。 web拍手 by FC2

元ネタ漫画解説などは コチラ。

last updated/10/12/01

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