第1話



冒頭注意書きにも表記しましたが、本作品はサイズフェティッシュという割とアブノーマル路線のエロ描写を含みます。
ご理解と自己判断の上、閲覧下さいませ。

 

「嘘……ですよね、速水さん……」 「夢か何かだとでも思ってるんならさっさと目覚めてみろ。  何よりも俺がそう願いたいところだがな」 不機嫌に言い放った俺の耳に次に飛び込んできたのは、とんでもない叫び声だった。 「嘘〜っ!!う、うわあああ!!かっ、かわいいい〜!!」 いや、それは実際には「可愛らしい歓声」程度だったのだろうが、 今の俺には耳元に巨大スピーカーを置かれているかのような音量で。 それは相手が如何に長年想いを殺して愛し続けてきた女であろうとも、うるさい事この上ないのは事実だった。 「マヤっ!頼むからもうちょっと小さな声にしてくれ!耳が割れる」 「あ、ああごめんなさい……でも、ホント信じられない……あ、あの速水さんが……」 「ああもう、それ以上言うなよ」 「いっつもあたしの事上から目線でからかってた、あの速水さんが……」 学習能力のない子め……ああ、くるぞ。 俺は今度はきちんと身構えて両手で耳に蓋をした。 「こーんなにチビちゃんになっちゃったなんてっ!!!」 遂にマヤは大声で笑い出した。 稽古で鍛えられた腹筋は如何なくその効果を発揮し、 笑い声はだだっ広い社長室に見事に響きわたった。 その口から洩れた息と、机の上を勢いよく叩いた手の振動で、彼女の顔の目の前にいた俺の体は吹き飛びそうになり、 慌ててすぐ横にあったメモパッドの裏に避難した。 その様を見てマヤはいよいよ笑いが止まらなくなったらしく、 よろめいて倒れたソファの上でひっくり返って笑っている。 *** くそ…… まさか常日頃彼女に言い続けてきた常套文句が自分に跳ね返ってくるとは。 俺は恐らく人生において生まれて初めて人から「チビちゃん」と呼ばれる事態に陥った自分の姿に溜息をついた。 30も越えようというこの年になって。 それも、よりによってあのマヤにこんな姿を見られるなんて。 広大なデスクのはるか向こうには、大型屋外スクリーン並みにでかいノートPCと、崩壊すれば圧死は免れないのではないかと危惧したくなるような書類タワーがそびえ立つ。 その先に広がる地平線はあまりに危険なのでなるべく近寄らないようにし、俺は今やまるでソファのような高さとなったメモパッドの上によじ登った。 その下にはつい数分前に俺自身が放り出した名刺入れが転がっていて、 鏡のように光沢を放つその表面に原寸大の自分が映りこんでいる。 見たところ今の俺はその名刺入れの縦幅二倍程度の背丈の様だった。 実寸にして――15センチかそこらといったところか。 元の自分の手のひらの幅にも満たないサイズだ。 そう、夢ならば今すぐ覚めて欲しいところだが…… チビちゃん、いや、巨大なマヤはまだ笑うのを止められないらしい。 まったく、これで少しはいつもの俺の気持ちがわかった事だろ……と毒づいてみるも、それで事態が好転するわけでは当然ない。 やがてようやく笑いが収まったとみえ、ソファの上から黒髪の山がゆっくりと動き出し、恐る恐るこちらへとやって来た。 *** マヤはメモパッドの上で座り込んでいる俺に顔を寄せると、今度はそっと囁いた。 「でもホント……嘘みたいだけど、夢じゃないんだ。  どこからどう見ても……速水さんですね」 黒い睫の先が触れそうな程近くで、じっと俺を観察している。 柔らかい吐息に髪を揺すられて、異常な事態にも関わらず顔が緩んでしまうのを俺は必死で堪える。 『紅天女』から1年――相変わらず彼女と俺との関係は曖昧で、例の忌々しい婚約を破棄するという懸案は暗礁に乗り上げている。 新しいドラマ出演の件でマヤが社長室にやってきたのがつい10分前のこと。 彼女と同じ部屋で二人きりになるのは、実に半年ぶりの事だった。 「こんな姿ではとても仕事どころじゃないな。携帯ひとつ出るにも一苦労だ」 「そんな状況でまだお仕事とか、さすがですね。  でも、どうしよう……何か変なモノでも食べちゃったんですか、速水さん」 「何も。10分前、君が社長室にやってくるまでは全くいつも通りだった」 「ですよね。いつもどおり、あたしをからかって馬鹿笑いして――  偉そうにそこで足組んで煙草吸ってて……」 「机の上にその名刺入れを投げて、それから君がどうも酔っぱらってるらしいのに気付いて」 「酔ってませんって」 「嘘つけ。今酒臭い息で吹き飛ばされたんだからもう間違いない」 みるみる、マヤは真っ赤な頬を膨らませた。 そう、久々に社長室に飛び込んできた豆台風(10分前まで)は、間違いなく酔っぱらっていた。 そうでもなければ、あのマヤがいきなり俺に抱き着いてきて泣き出したりなどするはずがない。 ――何をとち狂ったんだチビちゃんともあろう者が。 と笑いながら、しかし心の中の狼狽を必死で押し隠しながら。 俺は彼女から身を離し、落ち着きを取り戻す為に煙草に火を付けた。 ……その直後だった。 何の前触れもなく、突然視界が歪んだ。 まるでよく出来た3D映画でも見ているかのように、周囲の壁や家具、そしてマヤが、みるみるうちに巨大になり。 足元がふらついたかと思ったら、俺はマヤの靴の先で茫然と立ちすくんでいたのだ。 「……とにかく。どうやったら元に戻るかわからないけど、  そのままでいる訳にはいかないですよね」 「ああ……しかし、参ったな」 ――と、その時。 ふいに視界が影ったかと思うと、乱暴な力でスーツの襟首を引っ張り上げられ、思わずよろめいた。 「な……おい、何してんだ!」 あろうことか、マヤが俺を摘み上げたのだ。 人差し指と中指の間で、軽々と。 「うわー、すごいっ!服もホンモノですね。  お人形の服とかだとどんなによく出来てても布の感じとか粗いのに。  縫い目も見えないくらい完璧ですよ」 「ぐ……お、い、マヤ……今のところ一張羅のポールスミスを台無しにするのはやめ……  や、じゃなくて、死ぬ、くっ、首がヤバイ。さっさと降ろせっ」 「……ほーんと、そんな姿になってもいばりんぼなんですねえ。  でも小っちゃいから何しててもカワイイですよ」 と、まるで悪魔のように微笑む顔は心底楽しそうである。 成程……普段の俺もこんな風に彼女を見下ろしているのかもしれない。 至近距離で、今にも唇がくっつきそうな距離にマヤの顔があるのは当然慣れない。 しかもその顔のサイズときたら自分の身長とほぼ同じときた。 ドキドキしているのは恋心のせいか、 はたまた恐怖と不安がない混ぜになっているのか。 「でも、ちょっと嬉しいかも……速水さんがあたしの手のひらの中にいるなんて。  絶対ありえないですもんね……ホントに、あたし酔ってるのかも」 ふいに、マヤが切なそうに眼を細めるので。 俺はあっけにとられてその潤んだ瞳を見つめる。 嬉しい? どういう意味だ? 「……どうせ夢なら、思いっきりスキにしてもいいですよね?」 「え?」 「だって速水さんいっつも意地悪だし。  最近じゃそんな意地悪もないくらい接点ないし、  どうせ結婚しちゃうし、まさに手が届かないソンザイな訳だし。  だったら手のひらの中にいる時くらい、あたしの好き勝手にさせて下さいよ」 と、囁いたかと思うと。 ふっと、柔らかくて熱いものに俺は顔を覆われた。 しっとりとした湿り気…… 僅かに漂うアルコールの香り。 それは紛れもなく、マヤの艶やかな唇の感触。 web拍手 by FC2

last updated/10/11/08

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