第2話



マヤの匂いと、酒の香りとに全身を包まれ。
思わず頭の芯が揺らぎそうになる――いや、実際、揺れていることに気付く。

「うわっ……ちょ、おい、マヤ!?何してるっ」

「何って、脱がしてるんですよ、速水さんを」

まるで鼻歌でも歌うように。
マヤはとんでもないセリフを平然と呟きながら、左手で軽く握りしめた俺のスーツの上着を右手の指先で引き剥がし始めた。
猛烈に抵抗するべきなのだろうが、地上のはるか彼方、それも不器用な上に酔っぱらっているマヤに取り扱われているという事実に俺の本能が危険信号を放つ――下手に動けば、マジで大惨事かもしれん――と。
そうこうしているうちに、まるで人形の着せ替えのように上着は奪い去られてしまった。
だがここまでは俺もまだ高をくくっていた部分があった。
如何に酔っぱらいとはいえ、相手はあのマヤなのだ。
一度舞台を降りれば内気で恥ずかしがり屋の彼女が、それ以上に大胆な振る舞いなどできるはずがない――という俺の思い込みはその夜、見事に霧散する。


マヤは手のひらの中に俺を抱えたまま、椅子の上にぽん、と腰かけた。
そして手のひらに抱えたままの俺をデスクの縁に置く。
その背中越しに深夜の東京が音もなく広がっている。

「うーん、ボタンがちっちゃすぎるな……速水さん、外して下さい」

「い や だ」

「あたしがやったら、たぶんシャツ破れちゃいます。
 そのサイズの服の替えなんてないんだから、自分で脱いだ方がいいですって」

「……脱がしてどうする」

「だから、スキにするんですってば。言うこときいてくれないんなら、ホントに勝手にしますよ?」

「ほう、できるものならやってみろ」

……いつもの調子で言い返したのがまずかった。
マヤは一瞬ピクリと眉を動かしたかと思うと、にた、っと笑った。
まるで、悪戯を実行する前の悪ガキの顔だ。
ヤバイ、と身を引いて逃げようとするが、どれだけ彼女が不器用とはいえ圧倒的な体格差はどうしようもない。
あっという間に人差し指の腹で腰を抑え込まれ、身動きが取れなくなった。

「マヤ!冗談はやめ……」

「ちょっと、じっとしてて下さいっ!」

何とか指を跳ねのけようと、デスクの上で仰向けのまま半身をひねったところで、その姿勢がかなりマズイ状態である事に気づいて思わず固まった。
鈍い圧迫感と共に、「妙な感覚」が下腹あたりを締め付け始めている――
マヤは人差し指と中指の間に俺の身体を固定していたのだが、その指の股の柔らかい皮膚が丁度下半身の辺りを覆っていて……身動きする度に、それが微妙な角度で、まるで擦りこまれるように這い上がってくるのだ。
その刺激に、どうしようもなく身体が反応し始める。

……まずい、非常にまずい。

一度抵抗を諦め、全神経を集中させて痩せ我慢、もとい自制心の砦を築きあげる。
こんな所で、いや、こんな状態で。

……感じさせられる、なんて、嫌すぎる。

快楽云々以前に、情けなさ過ぎて本気で涙が出そうになる。
しかも、相手はマヤだ。
俺が大人しくなったのをいいことに、マヤは遠慮なくネクタイに爪をかけた。
奇跡的に首を絞められることなく、それはリボンの様に引き抜かれる。
が、流石にボタンを摘み上げるのは難しいらしく、喉や鳩尾を突っつかれて何度かえずきそうになる。
それに苛立ったのか、わずかに眉をしかめたマヤは、突然、あ、っと妙な声を上げた。
勝手にデスクの引き出しを開け、取り出したそれを見て俺は絶句する。

「……マジか」

「はい、危ないので絶対動かないでくださいね」

「ちょっと待った。わかった、脱ぐから、自分で。頼むからそれをしまえ」

「よかった、最初からそうしてくれればいいのに」

にっこりと笑い、マヤはカッターナイフの刃をしまいこんだ。
それでシャツを切り開くつもりだったのか……いや、恐らくそんな器用な自信などないくせにわざとやったのだ。

身体の大きさと共に、明らかにお互いの立場が逆転し始めている。

既に抵抗はフェイクと成りかけている。
このままでは……彼女に好き勝手に弄ばれるのを悦んで受け入れる自分を認めてしまいそうだ――いや、きっとそうなるに違いない。
そんな予感にゾッとしながら、それでいて心臓は怪しく鼓動のピッチを高めてゆく。
俺は息をひそめながら、シャツのボタンに冷たい指先をかけた。
その様子を、マヤはうっすらと微笑を浮かべながらじっと見つめている。

***

ひとつひとつ、ボタンを外してゆく。
忌々しいことに、指先が震えて思うようにゆかない。
小さく縮んだ身体、圧倒的なマヤの存在感、全身隈なくその視線に包まれている、見られているという羞恥心。
とても目を合わせることなど出来ず、伏せた目線の先に転がる名刺入れの表面についた傷を注視し続けた。
こんな風に重苦しい、情けない、むずむずするような気分で服を脱ぐのは――ほんの幼い子供の頃以来だ。
服を真っ黒にして遅くまで遊んで帰って、母にこっぴどく叱られたあの日。


――もう、またこんなドロドロにして。体操服は1枚っきりなのに、どうするの?真澄。

――ごめんなさい。

――早く服を脱いで、お風呂に行きなさい!!靴下は自分で洗うのよ!!

――はーい……


何とか一番下まで外し終わって恐る恐る顔を上げると、マヤはほっと溜息をついた。
何か眩しいものでも見るような、こっちが苦しくなるような切ない瞳で見つめられる。
どうしてそんな顔で俺を見るのか――酔った上での戯れにすぎないと思い込む端から、甘い疑念がわいてしまう。

「……今は。あたしだけの、速水さんですよ」

ぽつん、と呟いて。
ふっと、睫が寄せられる。
黒く長い、柔らかな羽毛のようなそれが、俺の頬をそっと撫でてゆく。
そのあまりの気持ちよさに思わず目を閉じた。

「スキにして、いいですか?」

「……ああ。どんな姿だろうと、どうせ俺は君には逆らえない」

目を開けた途端。
紅い、無数に広がる艶やかな粒がうねるように視界を覆い尽くす。

「あ」

溜息が、うねりの中に吸い込まれてゆく。
それは熱く柔らかな、マヤの舌先。
指先よりも敏感な器官が、紅い粒の僅かな柔突起が、俺の首から頭の先にぬるりと纏わりつく。
そのままずるずると、上半身が揉みしごかれてゆく。
首のすぐ傍に、ぬらぬら光る白い歯の縁が並んでいて、その硬さ、鋭さにゾクリと全身が粟立つ。
薄い先端部分で優しく顔を撫でられ、恐怖が緩んだところで厚い部分にぎゅっと絞るように巻き込まれる。
たちまち俺の半身はマヤの唾液にまみれべとべとになる。
柔突起の一粒一粒が皮膚にぴたりと絡みつき、唾液と共に啜り上げるように舐めまわされる。
ぶちゅぶちゅと、唾液と皮膚と柔突起が擦れあう隠微な音。
瞬く間に全身に広がる痛いような疼きに誘われ、今まで出したこともないような声が喉の奥から零れ出る。


「ぁ……ん、あ……マ、ヤ……っ」

「熱い、ですね……肌が……」

マヤは瞼を閉じ、机の端に左手を軽く添えて、執拗に俺を舐め続けている。
熱い湯船の中にでも浸かっているかのような心地良さと、それとは別の快感とに溺れそうになりながら。
俺はいつしかマヤの舌に両腕を絡め、頬を摺り寄せ、突起に舌を這わせていた。

「心臓……どくどくしてる……」

ふいに離れていった舌先で、左胸をつん、と刺される。

「かわいい」

普段の俺ならば。
「可愛い」という愛情表現など、まず受け入れ難いはずだし、何より言われる筋合いがない、というか、自分にそんな要素はどこにもないとわかっている。
可愛いのは何よりも「チビちゃん」であり、マヤにこそ相応しい表現ではないのか。
だが今は。
かわいい、とマヤがうわ言のように呟き、俺を弄んでいるこの状況下では。
その呟きに、俺は自分でも信じられない感情を心の最奥から引きずりだされ、戸惑い、徐々にその世界に陶酔し始める。
既にシャツは引き剥がされて、腹部や腕の内側に押しつぶされるようなキスを受けている。
常ならばつい摘み上げてしまいたくなる、つんと尖ったマヤの鼻先。
だがそれも今や丸く冷たい先端となって俺の顔を柔らかく押し潰している。
冷たいデスクの表面と、熱い頬の狭間に囚われた俺の間抜けな表情など、マヤには全てお見通し、隠すことなどできようもない。
煌煌と光る室内の蛍光灯、その冷たい光の下で、マヤの掌の中で、マヤの匂いと、酒の香りとに全身を包まれ。
思わず頭の芯が揺らぎそうになる――いや、実際、揺れていることに気付く。

「うわっ……ちょ、おい、マヤ!?何してるっ」

「何って、脱がしてるんですよ、速水さんを」

まるで鼻歌でも歌うように。
マヤはとんでもないセリフを平然と呟きながら、左手で軽く握りしめた俺のスーツの上着を右手の指先で引き剥がし始めた。
猛烈に抵抗するべきなのだろうが、地上のはるか彼方、それも不器用な上に酔っぱらっているマヤに取り扱われているという事実に俺の本能が危険信号を放つ――下手に動けば、マジで大惨事かもしれん――と。
そうこうしているうちに、まるで人形の着せ替えのように上着は奪い去られてしまった。
だがここまでは俺もまだ高をくくっていた部分があった。
如何に酔っぱらいとはいえ、相手はあのマヤなのだ。
一度舞台を降りれば内気で恥ずかしがり屋の彼女が、それ以上に大胆な振る舞いなどできるはずがない――という俺の思い込みはその夜、見事に霧散する。


マヤは手のひらの中に俺を抱えたまま、椅子の上にぽん、と腰かけた。
そして手のひらに抱えたままの俺をデスクの縁に置く。
その背中越しに深夜の東京が音もなく広がっている。

「うーん、ボタンがちっちゃすぎるな……速水さん、外して下さい」

「い や だ」

「あたしがやったら、たぶんシャツ破れちゃいます。
 そのサイズの服の替えなんてないんだから、自分で脱いだ方がいいですって」

「……脱がしてどうする」

「だから、スキにするんですってば。言うこときいてくれないんなら、ホントに勝手にしますよ?」

「ほう、できるものならやってみろ」

……いつもの調子で言い返したのがまずかった。
マヤは一瞬ピクリと眉を動かしたかと思うと、にた、っと笑った。
まるで、悪戯を実行する前の悪ガキの顔だ。
ヤバイ、と身を引いて逃げようとするが、どれだけ彼女が不器用とはいえ圧倒的な体格差はどうしようもない。
あっという間に人差し指の腹で腰を抑え込まれ、身動きが取れなくなった。

「マヤ!冗談はやめ……」

「ちょっと、じっとしてて下さいっ!」

何とか指を跳ねのけようと、デスクの上で仰向けのまま半身をひねったところで、その姿勢がかなりマズイ状態である事に気づいて思わず固まった。
鈍い圧迫感と共に、「妙な感覚」が下腹あたりを締め付け始めている――
マヤは人差し指と中指の間に俺の身体を固定していたのだが、その指の股の柔らかい皮膚が丁度下半身の辺りを覆っていて……身動きする度に、それが微妙な角度で、まるで擦りこまれるように這い上がってくるのだ。
その刺激に、どうしようもなく身体が反応し始める。

……まずい、非常にまずい。

一度抵抗を諦め、全神経を集中させて痩せ我慢、もとい自制心の砦を築きあげる。
こんな所で、いや、こんな状態で。

……感じさせられる、なんて、嫌すぎる。

快楽云々以前に、情けなさ過ぎて本気で涙が出そうになる。
しかも、相手はマヤだ。
俺が大人しくなったのをいいことに、マヤは遠慮なくネクタイに爪をかけた。
奇跡的に首を絞められることなく、それはリボンの様に引き抜かれる。
が、流石にボタンを摘み上げるのは難しいらしく、喉や鳩尾を突っつかれて何度かえずきそうになる。
それに苛立ったのか、わずかに眉をしかめたマヤは、突然、あ、っと妙な声を上げた。
勝手にデスクの引き出しを開け、取り出したそれを見て俺は絶句する。

「……マジか」

「はい、危ないので絶対動かないでくださいね」

「ちょっと待った。わかった、脱ぐから、自分で。頼むからそれをしまえ」

「よかった、最初からそうしてくれればいいのに」

にっこりと笑い、マヤはカッターナイフの刃をしまいこんだ。
それでシャツを切り開くつもりだったのか……いや、恐らくそんな器用な自信などないくせにわざとやったのだ。

身体の大きさと共に、明らかにお互いの立場が逆転し始めている。

既に抵抗はフェイクと成りかけている。
このままでは……彼女に好き勝手に弄ばれるのを悦んで受け入れる自分を認めてしまいそうだ――いや、きっとそうなるに違いない。
そんな予感にゾッとしながら、それでいて心臓は怪しく鼓動のピッチを高めてゆく。
俺は息をひそめながら、シャツのボタンに冷たい指先をかけた。
その様子を、マヤはうっすらと微笑を浮かべながらじっと見つめている。

***

ひとつひとつ、ボタンを外してゆく。
忌々しいことに、指先が震えて思うようにゆかない。
小さく縮んだ身体、圧倒的なマヤの存在感、全身隈なくその視線に包まれている、見られているという羞恥心。
とても目を合わせることなど出来ず、伏せた目線の先に転がる名刺入れの表面についた傷を注視し続けた。
こんな風に重苦しい、情けない、むずむずするような気分で服を脱ぐのは――ほんの幼い子供の頃以来だ。
服を真っ黒にして遅くまで遊んで帰って、母にこっぴどく叱られたあの日。


――もう、またこんなドロドロにして。体操服は1枚っきりなのに、どうするの?真澄。

――ごめんなさい。

――早く服を脱いで、お風呂に行きなさい!!靴下は自分で洗うのよ!!

――はーい……


何とか一番下まで外し終わって恐る恐る顔を上げると、マヤはほっと溜息をついた。
何か眩しいものでも見るような、こっちが苦しくなるような切ない瞳で見つめられる。
どうしてそんな顔で俺を見るのか――酔った上での戯れにすぎないと思い込む端から、甘い疑念がわいてしまう。

「……今は。あたしだけの、速水さんですよ」

ぽつん、と呟いて。
ふっと、睫が寄せられる。
黒く長い、柔らかな羽毛のようなそれが、俺の頬をそっと撫でてゆく。
そのあまりの気持ちよさに思わず目を閉じた。

「スキにして、いいですか?」

「……ああ。どんな姿だろうと、どうせ俺は君には逆らえない」

目を開けた途端。
紅い、無数に広がる艶やかな粒がうねるように視界を覆い尽くす。

「あ」

溜息が、うねりの中に吸い込まれてゆく。
それは熱く柔らかな、マヤの舌先。
指先よりも敏感な器官が、紅い粒の僅かな柔突起が、俺の首から頭の先にぬるりと纏わりつく。
そのままずるずると、上半身が揉みしごかれてゆく。
首のすぐ傍に、ぬらぬら光る白い歯の縁が並んでいて、その硬さ、鋭さにゾクリと全身が粟立つ。
薄い先端部分で優しく顔を撫でられ、恐怖が緩んだところで厚い部分にぎゅっと絞るように巻き込まれる。
たちまち俺の半身はマヤの唾液にまみれべとべとになる。
柔突起の一粒一粒が皮膚にぴたりと絡みつき、唾液と共に啜り上げるように舐めまわされる。
ぶちゅぶちゅと、唾液と皮膚と柔突起が擦れあう隠微な音。
瞬く間に全身に広がる痛いような疼きに誘われ、今まで出したこともないような声が喉の奥から零れ出る。


「ぁ……ん、あ……マ、ヤ……っ」

「熱い、ですね……肌が……」

マヤは瞼を閉じ、机の端に左手を軽く添えて、執拗に俺を舐め続けている。
熱い湯船の中にでも浸かっているかのような心地良さと、それとは別の快感とに溺れそうになりながら。
俺はいつしかマヤの舌に両腕を絡め、頬を摺り寄せ、突起に舌を這わせていた。

「心臓……どくどくしてる……」

ふいに離れていった舌先で、左胸をつん、と刺される。

「かわいい」

普段の俺ならば。
「可愛い」という愛情表現など、まず受け入れ難いはずだし、何より言われる筋合いがない、というか、自分にそんな要素はどこにもないとわかっている。
可愛いのは何よりも「チビちゃん」であり、マヤにこそ相応しい表現ではないのか。
だが今は。
かわいい、とマヤがうわ言のように呟き、俺を弄んでいるこの状況下では。
その呟きに、俺は自分でも信じられない感情を心の最奥から引きずりだされ、戸惑い、徐々にその世界に陶酔し始める。
既にシャツは引き剥がされて、腹部や腕の内側に押しつぶされるようなキスを受けている。
常ならばつい摘み上げてしまいたくなる、つんと尖ったマヤの鼻先。
だがそれも今や丸く冷たい先端となって俺の顔を柔らかく押し潰している。
冷たいデスクの表面と、熱い頬の狭間に囚われた俺の間抜けな表情など、マヤには全てお見通し、隠すことなどできようもない。
煌煌と光る室内の蛍光灯、その冷たい光の下で、マヤの掌の中で、俺は蹂躙されるがまま自我を崩壊させてゆく。

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last updated/10/11/08

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