第1話




本作には以下の傾向が含まれます。

女子高生/社長室/椅子/自慰/(たぶん)視姦/後半まさかのコメディ路線


「そのまま夕陽でも見てろ」 何気なく言い放つ。 まるで事務的、何の感情も籠っていないようなその台詞。 ここに来たのはその人に文句を言ってやる目的があって、そう、あたしは喧嘩をしにやってきたはずなのだ。 なのにどうして、たったその一言で言うなりなんだろう。 くるりと振り返る。 広い机の横に背をもたれながら、言われた通りにガラスの外の夕陽を眺める。 だだっ広いその向こう側に、東京が絵の様に広がっている。 遥か彼方に沈みかけの飴色の太陽――間延びしたような黄色があたしの全身に手を延ばす。 そしてそれは背後の机についた手のひらに影を作り――影は彼の手首の辺りで留まる。 あたしは目の端でそれを確認する。膨れっ面で。 「そんなにむくれるな」 「……むくれてません」 「構って欲しいのか?」 「最っ悪……」 「あ」 カッとなると自分でも驚くほどとんでもない行動をとってしまう、あたしの悪い癖。 後悔した時には既に遅くて、あたしは衝動のままに彼の目の前――分厚い書類とパソコン画面の間に片手をついて上半身をねじ込んでいた。 一瞬呆気にとられて、それからムッとしたような顔で彼は――速水真澄は眉をしかめる。 「邪魔、どいて」 「邪魔しにきたんです!」 「おい――いくら俺でも我慢には限界がある―― というか、そもそも短気な方だと思うんだが」 「あたしの前で俺様な態度取るのやめて下さい。仕返ししますよ」 「へえ、どんな」 「志田さんに全部バラします」 「何を」 「な――にを、って……」 喧嘩をしにやってきたというのは勿論口実で、確かに構って欲しくてここに来ている。 そんないかにも「ガキっぽい」行動、動機、自分の未熟さの何もかもに苛立って。 何よりも、目線なんてちっとも上げてくれず忙しそうにしている癖に、口の端ではいかにも軽々とあたしと会話するその男に腹が立って仕方なくて。 あたしは遂に言ってしまった――大人の喧嘩なんて、所詮「チビちゃん」には無理なのだ。 「志田って、志田玲奈か?北斗プロの。彼女に俺の何をバラすって?」 そこでようやく、彼の唇の端に微笑に近いものが浮かんだ。 あたしは何故かほっとしながら、それでも膨れっ面のままで続けた。 「そこらじゅうその話題で持ちきりじゃないですか。白々しいにも程があるんですけど」 「つまらん昼時のネタだから気にするな、と言っても?」 「……気にするんです、彼女と違ってオコサマなので、残念ながら」 一言ごとにせいぜい嫌味を込めて言ってみたけれど、それはむしろ彼の微笑を広げるばかりだった。あたしはドキドキする、というより、むしろ息が詰まるような不安に似た気持ちで彼の口元だけを見つめる。形よく整った、薄い、綺麗な唇。そこだけみたら、女の人みたいに綺麗。あの唇からあんな意地悪な台詞や、怒鳴り声や――甘くあたしの名前を呼ぶ声が漏れるなんて――本当に、夢みたいな、嘘みたいな。 「つまり、志田玲奈と俺の関係が気になると。 可愛らしく嫉妬しているという訳か――おい、ちょっと待て」 もういい、と思った。 喧嘩ができないなら、せめて一人で泣かせて欲しい。 少し構ってもらえただけでもこっそり浮かれてた、のに。 惨めに嗤われるだけなんてのは――これ以上耐えられない。 「俺は夕陽を見ていろ、と言った。勝手に動くな」 生意気に机の上に置いた手を離して、そのまま逃げ出そうとした、子供っぽく。 だけど手首は彼の掌の中でしっかりと捉えられてしまう。 腕を強めに振って逃げ出そうとした――けど、掴まれたそこは頑丈に解けなくって、痛みだけが増す。大きな掌。すらりとしなやかに伸びる、でも確かに男性の骨の厚み。 「……で、俺の何をバラしたいんだ?マヤ」 あ、ようやく名前で呼ばれた―― 興奮した頭の片隅でそんなことを考えた。 それから猛烈に悲しくなった。 「――速水さん、あたし昨日で17になったんですよ」 「知ってる」 「あなたにとったら、あたしなんか邪魔なチビのお子様かもしれないけど。 でも、傷ついたら凹むんです、立ち直れないくらいショックなんです。誤魔化されて、すぐ忘れちゃう程――単純じゃ、ないんですっ……」 悔しい。しっかり言いたいことを言ってやって、この酷い男を追い詰めてやりたいのに。 なのにどうして、いつもこんな不器用な台詞しか。嗚咽混じりの、涙で誤魔化すのはいつもあたしの方で――あなたはそれを笑ってみているだけ、どうせすぐに泣き止むんだろって顔で。 でも確かにその通り。 ちょっとなだめられて、軽くキスでもされたらあたしはすぐにボーッとしてしまう。 オトナのこの人に丸め込まれて、この胸の小さな嫉妬や苦しみさえろくに打ち明けられずに、情けなくこの部屋を出ていくしかないのだ。 そしてまた気紛れに呼び寄せられれば――怒りながら、でも拒むことなんてできない…… その全てを知りながら、彼はいかにも傲岸に振る舞う。 あたしの心臓がキリキリ軋んだ音を立てている事なんて、てんで興味なし。 利用できるだけ利用してやると以前その口ではっきり言ったことさえあるのだから。 「一区切りつくまで、待てるか?」 思ったよりも柔らかなその口調に、あたしは思わず伏せていた視線を上げた。 そこで、琥珀色の瞳とばっちり目が合ってしまった。 瞬間、遅ればせながら激しい動悸と興奮であたしの身体は――震えだした、小刻みに。 掴まれた手首が引き寄せられたかと思うと、あっという間にその胸の中に落ちる。 冷たい、皺ひとつないスーツの胸元に顔を押し付けられたかと思うと、軽々と腰を持ち上げられ、気が付くと膝の上に向かい合うような形で乗せられていた。 制服のスカートの裾が広がる感触に、ようやく我に返る。 「今俺は結構忙しい――が、久々に会った恋人との時間を有効に使う事に関しては吝かじゃない」 「え……?」 いま、なんて――と、問い返そうとしたら。 突然、スカートの裾から大きな両手が潜り込んできた。 きゃっ、と声を立てそうになり、慌てて口に片手をやる。 それをいいことに、忍び込んだ指先は何の躊躇いもなく奥へと――あたし自身が直接触れることさえない部分へと滑りこんできたのだ。 「はっ、速水さん!?」 「おい……声が大きい。バレたらまずいのは俺も君も同じだろう」 「な、な、何してるんですかっ!こ――ここ、会社、ですけど!?」 「そう、俺のね」 二の句が告げない、とはきっとこの事だ。 だってあの厚い扉のすぐ向こうには――秘書課が広がっていて、水城さんや沢山の人たちが目まぐるしく働いていることくらい、そこを通って入ってきたんだからよくわかる。 そしてあたしが此処にいることだって、当然皆知っているはずだ――相変わらずの豆台風の来襲、って勢いで飛び込んできたのだから。 ――と、ふっと首筋に生暖かい感触がして、ぞくっと肩をすくめた。 色素の薄い柔らかな髪が顎の下に触れて――その瞬間、ゾクゾクと得体の知れない疼き……興奮、のようなものがお腹の下から競り上がってくるのを感じて、あたしはきゅっと眼をつぶった。有り得ない場所に侵入してきたものが――長い指先が、舌の動きと共にゆっくりと周辺をなぞり上げてゆく。口元にあてた手をもう片方の手で必死で押さえつけながら、あたしはその慣れない感覚を何とか追い出そうと無駄な努力をする。 「区切りがつくまで、自分でしてろ、マヤ」 「え――?」 応える暇も与えず、強引に片手を引き剥がされる。 するっと、異物感のあったものが抜けていったかと思うと。 既に太腿のかなり際どい部分まで捲り上げられていたスカートが、完全にお腹の辺りまでたくし上げられてしまい、外気の冷たさに下半身にぞわっと鳥肌が広がった。 「ほら、外からいつ誰がやって来るかわからない。早くイかないとまずいことになるぞ」 「え、――ええ!?」 彼の掌の下で握りしめられたあたしの右手が、下着の上から擦り付けられるように押し当てられた。視界の端で見えた白いシンプルな下着のラインがいかにも子供じみて見えるのに一瞬がっかりしてしまった――けど、次の瞬間猛烈に恥ずかしくなり、滅茶苦茶に手足を突っ張らせてしまう。 「や、だ――こんなとこで、何考えてるんですかっ?」 「マヤ、遊んでる暇はないと言っただろ。最初の方だけ手伝ってやるから、早くしろ。 まさか自分でしたことないのか、その年で?」 「な、何を……」 最早顔はこれ以上ないくらいに真っ赤に火照り、息をする度に心臓がバクバクと跳ね上がる。信じられない。信じられない、こんなとこで、いい大人、それもこの会社の社長でもあるこの人が――こんなコトを、しようと……いや、させようとするなんて。 それに近い――というか、所謂セックス、というやつを――この人とするのが初めて、という訳ではない、実は。勿論、それは誰にも絶対に言えない秘密なのだけれど。 けれどこれは……今あたしにしろ、と言われているその行為は。 セ、セックスというよりもむしろ―― 「ほら――指、開け」 「な……あ――」 無理矢理に指を開かされる。汗ばんだその上から痛い程に握られ、導かれる。 最後にもう一度だけ、嘘でしょ――っと、その顔を見上げる。 先程と全く変わりないように見える淡々とした表情が、少しだけ何か切羽詰まったような熱を帯びている事に気づいて、再びお腹の下が重くなる。 有り得ない――けど、冗談じゃないのだ、きっと。 言うとおりに動くのは勿論腹立たしい。 でもそれよりも正直な身体の、心の奥は、喜びに震えている、きっと。 あの大人の彼女と噂になっている彼。 あたしの事なんてちっとも構ってくれない、それどころか振り回してばかりいる男。 それなのにこうやってあたしに手を延ばす――決して離してくれない、その身勝手さに。 苛立ちながら、怒り狂いながら、それでいて喜びを抑えられないでいるのだ。 web拍手 by FC2

last updated/10/12/07

inserted by FC2 system