全1話


風呂上がりの濡れた髪を拭きながらふと目線を上げると、ソファの上でマヤが満面の笑みを浮かべてこちらを見ていた。


「待ってましたー!」


「……お待たせしました」


「ちゃんと準備してました?今夜こそガッカリさせないでくださいよ〜?」


「意味深だな――そこまで言われると自信がなくなる」


「ええーーっ!だって、もう2か月我慢したんですよ!?
 それでダメなんて――もう、他の人探すしかないじゃないですかぁ……」


不服そうに唇を尖らせる、その頭の上から、今まさに手にしているバスタオルを被せてぐるぐる巻きにしてぎゅうう、っと締め付けたくなる妙な衝動を必死で堪え――
ている事など億尾にも出さず、俺はふう、っとお馴染みの顔で溜息をついてみせた。


「そんなくだらない事で他人を巻き込むんじゃない。
 俺で満足できないなら自分で何とかしろって言ってるだろ」


どさ、とマヤの隣に腰かける。
先に風呂を済ませたばかりの彼女の髪もまだしっとりと濡れ、水気を含んだ毛先が首筋に貼りついている。
いい加減自然乾燥派はやめておけ、一応女優なんだから――と言いたくなるのを飲みこんだ瞬間、隣の小さな唇から思いもよらない爆弾発言が飛び出した。


「だって我慢できないんだもん――ダメだってわかってるのについ、しちゃうから……
 だからね、この間堀田さんにお願いしてやらせてもらったら――」


「堀田?一角獣の?」


「そう!それがもうね、すっごいの!!
前の晩に美奈にしてもらったばかりだからダメだと思うって言ってたのに――」


何が楽しんだか、急に眼をキラキラさせて堀田が「どれだけスゴかったか」をまくし立てる――
途中で、俺の見るからに不機嫌な顔にようやく気付いて慌てて口をつぐむ。
全くもって、面白くない。


「……君のご期待に沿えないばかりか、他の男漁りまで強いているとは思いもよらなかった。大都芸能の速水真澄、一生の不覚だ」


「なっ……あ、漁りって――何ですか、その変な言い方!!」


「そのまんまだろ。浮気者。欲張り。変態。」


はあぁ、っと口をぽかんとあけて俺を見つめるマヤ。
それから次の瞬間、にいい、っとその唇を横に広げたかと思うと……
今、彼女はひざ丈まであるふかふかの毛糸が温かげな部屋着を着込んでいて、ソファの上で横膝になっているのだが――
その脚をする、と組み替えながら、わざと囁くように言った。


「そうですよ、あたしってば欲張りなんです。
 今夜満足できなかったらもう知らないから。
 だから早く――きて?」


ぱた、と俺の前髪の先からも一滴、滴が零れてスウェットに染みてゆく。

まるい、桃色の膝頭が、いかにも無邪気そうに誘っている。

その誘いを拒む術など――もとより、あるはずがない。

皮肉な微笑も冷ややかな溜息も全てを放り投げ、俺はその温かく柔らかな狭間に埋没した。





「……信じられない――」


暫しの沈黙の後、悲壮な声を絞り出す。
俺は若干赤面しつつ、


「――だから、これでも頑張ったんだぞ?努力は認めてくれ」


「嘘!2か月でたったコレだけなんて――速水さんこそ浮気したんじゃないですか!?」


「するわけないだろ!俺がこの2か月どれだけ我慢したと思って……」


「口ばっかり〜!全然大したことないじゃないですか!見損ないましたっ」


ホラもう出てって、と言わんばかりに膝の上から俺の頭を追いやる。
それが癪に障るので、俺はあくまで頑固に居座りを決め込むと、ぐるりと頭を反転させて下からマヤを見上げた。


「……たったコレだけ。だからドライ系はヤなんです」


睫を伏せ、不満たらたらの口調で指し示す其処には――
右手の指先の間に綿棒が一本。
その先端は確かに、使用前と大して変わらない状態を維持しているように見える。


「ドライ系でも沢山出る人はいます。でもそれには湿り気が必要なんですよ。
 でも速水さんの場合、2か月お掃除我慢した上お風呂あがりの湿り気十分な状態でもコレです。酷い有様です。最早人間とは思えません。機械ですか?」


「ドライ系として生まれたんだから仕方ないだろ。君は根っからのウェット系かもしれんがな。
 というか何で耳垢が出ない程度でそこまで言われなきゃならないんだ」


だあって、と再び何事か文句を言いだす、その手先から素早く綿棒を奪い取る。


「大体、君が不器用だから取れないんじゃないか?
 2か月の間これでも相当痒かったんだぞ――自分でやる」


「え!駄目っ」


「いいから貸せって」


――と、奪い取った綿棒を突っ込んで数秒後。


「ほれ。そこそこ出てきた」


「……うそーー!!どこに隠してたのっ!?」


「いや、普通だし。何を興奮してるんだ……この変態」


「すごーーい!!速水さんやればできるじゃないですかっ!
 じゃあ反対側こそあたしが……」


と、頭の横に掌がまわったかと思うと勝手に反転させようと試みられる。
俺は吹き出しそうになるのを堪えながら尚も同じ位置をキープし続ける。


「無理。鼓膜破られそうだからもう駄目」


「えええっ、大丈夫だから、お願い――」


「駄目ったら駄目。等価交換ならいいけど」


「な、何と?」


「勿論、君の耳」



え、と言いかけた頭を引き寄せると、そのまま上半身を捩じってソファの上に押し付けた。



「毎日自分でしちゃう程我慢できない子なんだろ?
 じゃあ存分に、たっぷりと、満足できるまでしてあげる」



その言葉に二重、三重の意味合いがある事など、流石の彼女も察したらしく。
ほんのりと上気した頬に困惑と紙一重の微笑を浮かべながら、それでも頷いた。



「うん――いいよ。でも、満足はできないかも。
 だって速水さんがお風呂はいってる間にも……」



はぐらかしはこの際無粋なんだけど、と囁きながら――

その小さな暗い穴の中に潜り込んだのはか細い綿棒一本だけではない、と極めてオヤジ臭い台詞で強引に締めくくったところで、今宵は失礼させて頂くとする。

END.



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ちなみに黒人さんは総じてウェット系だそうな。ライラはウェットからドライへと移行中!(笑)
ありがち耳掃除ネタですが、ラストエロに雪崩れ込みそうなところを全オヤジ成分を抽出して阻みました(長くなるから)w

last updated/11/03/15

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