第3話




夢中で彼女の顎を掴み上げ、口付ける。
どちらが先に絡め出したのかもわからない程性急に、二枚の舌が口中で蠢めきながら吸い合っている。パンストの上から直に其処に触れてみると、下着越しにもうっすらと湿り気を帯びているのがわかる。彼女も俺も、どこもかしこも熱く汗ばんでいる。
引き裂きそうな気持ちを何とか堪え、薄い膜を剥がしてゆく。
マヤは腰を僅かに上げてその動きを助ける――最早何の迷いも躊躇いもない。
そのまま――指を差し込む。
……ああ、やはり熱い、何もかも溶けてしまいそうな程に――脈打っている、彼女の情熱が。

「あ――あ、あ……っ、は――や、み、さん」

「どうした」

「ご、ごめ――ごめんなさい……っ」

「何で謝る?」

顔を上げてみると、幾つもの涙の筋を這わせた頬で、眉を歪ませながらも、確かに快楽の跡がそこにあった。そのくせ、眼には精いっぱいの哀しみが浮かんでいる。

「自分から――誘った、癖に。あたし……こういうの、全然わかんなくて。
 ど、どうしたらいいかわからないから――満足とか、できないと思うんです……」

「――君は、俺か?」

「え?」

「俺が満足してるかとか、どう感じてるかとか、今の君に理解できるとは思えない。
 俺も――君がどう思ってどう感じてるかなんて全然わからないし、不安で堪らない。
 だから……こうしてるんじゃないのか、マヤ?」

「あ……」

両手でそっと彼女の胸を包み込む。
その震えが、どうか恐れや絶望によるものではありませんようにと心から願いながら。
すると、そっとその上から彼女の掌が重ねられた。
ついさっき覗き込んだ時に浮かんでいた哀しみが消えて、僅かに恥じらいを含んだ穏やかな瞳で俺を見つめている――
ああ、確かに、彼女は俺の事が好きなのだと。
今この瞬間、何の恐れもなく信じることの出来るのは間違いなく幸福なのだ、きっと。

「綺麗だ――凄く」

「……ぁ」

「声を出していい、どんな声でも――君が感じたままに出せ」

「へ、変な――」

「変じゃない」

「んっ――ぁ、あああっ!」

ゆっくりと円を描くように揉んでいた胸を、ぎゅっと爪を立てて握りしめる。
俺の掌の上のマヤの指も同じように俺に爪を立て、床の上の裸足の爪先が反り返る。

「そのまま――自分でやって。手伝ってやるから」

「そ、んな――あ……」

掌を外すと、躊躇いがちに……それでも、おずおずと始めた。
瞼を閉じて、自分の胸を描き抱く彼女は――とてつもなく綺麗で、扇情的で。
手伝う、といった言葉の通り、時折その指の上から一緒に押さえつけたり、摘み上げたりしているうちに、マヤは落ち着かなげに下半身を揺らし始めた。
知識としては何もわからないのかもしれないが、身体は確実に知っているのだ。

「マヤ――悪い、脱ぐぞこれ」

「やっ……だ、ダメ!」

「駄目って、一枚しかないんだろ?替えがなくなる方が困るじゃないか」

「だ、けど――っん、や、いやあっ」

思い切って剥ぎ取った其処に、彼女の一番奥の秘密が隠れていた。
薄暗い照明にも明らかにわかる、艶やかな滴と、何かを求めて蠢く欲望の存在が。
瞬間、俺の半身もゾクゾクと背筋から爪先まで一気に反応した。

今すぐ――何も考えずに、その中に埋めてしまいたい。

……が。
深く息を吸い、煌めく筋目に沿って舐め上げる。
ひくひくと蠢いていたものが静かに歓喜の悲鳴を上げる。
ああ――何て、愛しくて、いやらしくて――素敵なんだ、何もかもが。

「ひっ――あ、や……そんな、トコ……な、舐めていいんですか?」

「いいも何も――気持ちよくないならやめるけど。そうじゃない、だろ?」

舌の脇から人差し指を差し込み、そっと内壁をくすぐる。
きゅうっと締め付けてくる圧力、同時にひくついていた内部からとろりと熱い蜜が溢れ出す。

「ほら……こんなになってるのに――イヤじゃないな、マヤ?」

「ふっ……ぁあっ!……で、も……」

「まだキツい――もっと力を抜いて」

「う、うん……」

マヤは浅い呼吸を何とか整えながら、目を瞑った。
左手でそっと彼女の脇腹や腕を撫で擦り、濡れた唇をなぞって中に差し入れたりしながら緊張を宥めすかす。1本だけしか差し入れられなかった狭い入口も、舌と唇の愛撫で次第に解きほぐれてゆき――1本が2本になり、浅くゆっくりと指を抜き差ししているうちに……マヤは段々と興奮してきたらしく、声がどんどん高く際立ってきた。
耳を澄ませると、闇夜にまぎれて低く唸るような機械音が響く。
それに彼女の掠れた吐息が交じり合い、俺の溜息が重なる。
指の振動を小刻みに変えた途端、忍び寄る快楽に耐え切れずマヤは半身を反らせた。

「くっ――ぁあ、あっ、あっ、あ……っ」

細やかな筋目からとろとろと蜜が零れだし、会陰を伝って後ろへと流れてゆく。
小さく跳ね上がる腰の動きとは裏腹に、段々と俺の頭を押しつけるようになってきた手首を掴んで、

「駄目だ――手はそっち。誰がやめろって言った」

「っ……やっぱ、イジワルだ――」

俺はくつくつと含み笑いしながら、

「でも――イヤじゃないだろ?」

彼女と俺の体液でぐっしょりと濡れた陰部は桃色に引き攣り、白い太腿は僅かに痙攣している。あと少しの刺激を与えただけで完全に弾け散ってしまうのは明らかだった。
もっとその快楽を引き伸ばしてやりたいのは山々なのだが――一気に掻き回してバラバラにしてやりたい、という衝動も同時に抱えており、その狭間で俺は狂おしく悶えた。

「イヤならやめる、本当に――君のいいと思うことしか、しないつもりだ」

「ぅっ!?……ひっ、あ、やめ、ぁ……ああああ!!」

きらきらと輝く芽に爪を立て、薄い包皮を割ってしゃぶりつく。
ぎゅうっと寄せられた柔らかな肉に埋もれながら、むせ返るような彼女の薫りに脳の奥まで痺れるような快楽が突き抜ける。彼女の方といえば、快感というよりもむしろ痛い程の衝撃に身を捩らせ、叫びに近いような泣き声を立てて――二、三度大きくわなないた後、遂に、弾けた。

その余韻をそっと見守るだけの余裕もなく。
軽く額に口付けて髪を撫でながら、自分の身体に残った最後の着衣を脱ぎ棄てた。
細い腰に腕を回し、引き寄せる。
興奮の余韻に脈打つ襞に恐る恐るあてがう――ゾクッと震えあがる程の熱と、興奮。
――そのまま、ゆっくりと先端を挿入する……ぬるりと纏わりつく、開き始めたばかりの彼女の肉壁――ああ、もう、これ以上は――

「……ッああ!!」

その瞬間は――やはり、どうあっても痛みが伴う。
内心、ごめん、すまない、と叫びながら、欲望を止める術を俺は知らない。
ぐちゅぐちゅと擦れ合う卑猥な音にもめげず、ただただ奥へと抉り込む。
マヤは必死で目を瞑り、声を出さぬようにと堪えている様子だった。
絨毯の上に白く立てた爪先――を、夢中で掬い上げた。

「マヤ――マヤ、いいから……何か言ってくれ――我慢するな」

「うっ……ああ、い、痛っ……いたい、いたい、よ……速水さん」

「ああ――マヤ、すまない……俺は――」

侵入を頑なに拒む其処が、きつく収縮してくる。
その圧倒的な快楽に頭の中の何かが弾け散りそうになる――のも、もうすぐだ。
俺は更に彼女の腰を引き寄せ、膝を立てながら覆いかぶさると、激しく揺さぶった。
汗ばんだ皮膚と粘膜が擦れる音が――鼓膜に響き、腰骨の奥を貫く快感を煽ってくる。
彼女の髪が乱れ、その片方の掌で自分の乳房を、もう片方の手で俺の髪を掻き毟る。
互いの息遣いだけだったのが、どちらともつかない悲鳴のような喘ぎ声を立てながら――必死に掴もうとしている、互いの感覚と最後の快楽の粒が――完全に一致する、その瞬間を。
最後の衝撃を与えながら――俺は揺れる彼女の胸に口を広げ、噛み付いた。
噛み千切らないようにと――理性の欠片を総動員させながら。

「ふあああっ……あ、あ、あ……速水さん、はやみさ――」

「マヤ――っああ――」

「……い、っあぁぁあああっっ!!!」

彼女の子宮が収縮するのと――俺が脈打ち果てるのと……

もう、どれがどの感覚なのか曖昧なくらい、互いを分かつものが有り得なかった、その瞬間は。

ふと――意識が戻った時。
覆いかぶさった俺の身体の下で、マヤもそっと目を開けたのがわかった。
二人してふと視線を上げる――薄いカーテン越しに、東京の夜景がぼんやりと広がるのが見えた。
船は真っ直ぐに、同じ道を通って、再び此処へと戻ってくる。
だが――俺と彼女の道は。
今宵奇跡の様に重なった道がこの先どこへ向かうのかは――知る術は、ない。
それでも今このひと時、揺らぐこの一瞬だけは――死んでもいい、と心から思える程、幸せだと思った。

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last updated/10/12/31

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