第8話



「いたい……」

「――ごめん」

「さっきから、そればっかり」

くしゃりと情けないように笑うと、真澄も同じように笑みを返した。
肩のあたりまで引き寄せたシーツ、その中で真澄はただひたすらマヤの下腹部を擦り続けている。
嫌な鈍痛は確かにマヤの内でしくしくと存在している。
どんな痛みであれ、痛みはそれだけで憂鬱だ。
でも、これは真澄によって刻印された痛み――ただ一人愛する者に身を捧げた幸せと、僅かな哀しみが、マヤの微笑みに蒼い深みを添える。
その笑みに、真澄の心が静かに波立つ。
そんな表情など、つい数時間前までは絶対にできなかったはずだ。
自分の知らないマヤが、自分によって生まれ出たような――そして自分自身も。

彼女の内部で鬱屈する想いの全てを吐き出し、破壊の限りを尽くして果てた後。
ボロボロになって浮遊しているところを、息を吹き返したマヤのキスにより水面まで引き上げられ、真澄は目を覚ました。
するとマヤの周りのもの全てが生き生きと鮮やかに、希望に満ちて見えるのが我ながら可笑しかった。
あれ程世を捻ね、何より自分自身を嫌悪していた癖に、彼女に抱かれた途端にこの変わり様だ。

「『アヤ、何を考えている?』」

ふと思い浮かんだ台詞を呟いてみた。
一瞬目を見開き、マヤはたちまちアヤになる。

「『お祭りのこと――父ちゃんにな、新しいベベ買うてもらうねん。
  でもアヤは外に出られへんから――父ちゃんに着せてもらうて、約束してん』」

ぴた、っと止まった真澄の掌の上に、マヤの手がするりと伸びる。
そのまま自分の腹の上を滑らせるようにして胸の上まで誘うと、ぱくりと真澄の手の内側を噛んだ。上目遣いの妖しい視線に、真澄はがんじ絡めに囚われる。

「『兄ちゃんはアヤを女にしてくれたけど――べべは買うてくれんし、外にも出してくれへん。
  アヤはこんなに痛いのに、兄ちゃんは何とも思うとらんのや。卑怯や』」

「……ごめん、マヤ。無理ばかりさせる」

衝動のままに、頭ごと強く抱きしめた。
いた、と呟きながら、マヤは笑った。

「台詞、違いますよ。ここは兄の和之が義理の父への嫉妬をアヤにぶつけるシーンです」

「俺には無理だ」

「あっ――も、勿論、お芝居ですよ。卑怯、とか、あたしは思ってませんから!」

「わかってるよ。それにしても、少し悔しい」

「何がですか?」

「結局のところ、許可せざるを得ないんだろう、俺は」

「え、じゃあ……」

「アヤが生まれ変わる瞬間を観客に見せ与えるのは非常に腹立たしいが、仕方ないだろう。
 失敗してもいいから、存分に演じてこい」

「あ、りがとう――ありがとうございます、速水さん」

泣きじゃくるマヤの頬に一つキスを落とし、それから思い出したように囁いた。

「ところでまだ返事をもらってない気がするんだが」

「返事?」

「君の気持ち。好きだと――確かに、しつこいくらい言ったんだがな」

絶句するマヤに、真澄は延々とからかい含みの愛情をぶつけ続けた。
ようやくその返事を勝ち取った頃には流石に二人も疲れと眠気に耐えきれず、静かに互いの身体を引き寄せる。紫の薔薇の真実や、その他にも伝えるべきことは沢山あったが、今はただ互いの温もりだけでよかった。

眠りに落ちる瞬間聞こえたのは、他の誰にも聞かれることのない、二人の溜息が重なる音。

ささやかなその音楽が、眠りにより隔てられてしまう恋人たちの哀しみを慰めてくれる。

目覚めの後、再び、生きるための切ない行為を繰り替えすことを予言しながら――

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元ネタ解説などはコチラ。

last updated/10/11/16

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