第2話




本作品には以下の傾向を含みます。

パラレル/死/暴力・レイプ描写

必ず冒頭の注意書きをご一読の上、ご覧下さい。


   

「マヤ――マヤ、いるか?」 いるに決まっている――と思いながらもつい声に不安が滲んでしまうのは、以前彼女がものの見事にこの棟から逃げ出してしまった過去があるからなのだ。 市街地を見下ろす小高い丘の上に聳え立つ王宮、その南西の奥に、辺りの建物に抱え込まれるようにひっそりと立つ華麗な白い塔がある。 そこに数年前から彼が一人の異国の少女――いや、もう今年で二十二歳になるというから少女ではないのだが――を囲っている、というのは王宮を出入りするごく一部の関係者の間では公然の秘密、であった。 後宮というものが大っぴらに認められている訳ではないが、一定階級以上の貴族や王族が正妻の他に複数の愛人を持つ事自体は別に珍しくもないのがこの国の風習である。 だが、複数の女たちを次々に囲うならばまだしも、何年もただ一人、それも明らかにこの国の人種とは違う異国の女を手元に置き続けるマスミを指して、口さがない者たちは様々に噂し合った。が、そんな周囲の奇異の目など一向に気にする事もなく、マスミは彼女を――マヤと呼ぶ不思議な女を、彼女が13歳の頃からずっと手元に置き続けている。 ただ一度、二年前に彼女が忽然と姿を消して―― 八方手を尽くし、ようやく手元に引き戻したのはつい数週間前のことだった。 「……そんな所にいたのか」 塔の最上階、二年前に彼女がまんまと抜け出してしまって以来硬い鉄格子で覆われてしまった窓辺にそっと寄り添うように、マヤは空を見つめていた。 肩の下まで豊かに伸びた黒い髪、ほっそりとした肩から二の腕にかけての嫋やかなライン。 出会った頃のそのままの少女の様な彼女がそこにいる―― だが、紛れもなく彼女は大人になり、様々な感情を胸の内に閉ざしてマスミに向かい、微笑むその瞳は透明な憂いに満ちていた。 「何を見ていた?」 背中からそっと抱きすくめると、くすぐったそうに首を竦める。 ふわ、と胸元から漂う薫りは懐かしい彼女の匂い――のはずなのに、まるで全く違う女の様でもあり…… 二年という空白の時間に何があったのか、マスミはまだ詳しく彼女に問いただせないでいる。 ただ、再び傍から消えてしまうのが怖くて、不器用に抱きしめる事しかできないのだ。 「外に――出たいと思ったのか?お前の故郷の国へ……帰りたい、だとか」 マヤはゆっくりと身体を回転させ、窓辺にもたれかかるようにしてこちらを振り向いた。 マスミ床に膝を付き、そんな彼女をそっと見上げる。 蒼穹を背負いながら、マヤは困ったように――以前はそんな風に笑う事等滅多になかったのに――微笑ながら、マスミの額にそっと右の掌を寄せた。 この国の女たちとは異なる、肌理の細かな白磁のような肌。 触れれば驚く程柔らかなその手がそっと触れてくれる度に、マスミの心はまるで爽やかな風が吹き抜けていったかのように穏やかな気持ちになる。 彼女に初めて出会ったその時から、忘れようにも忘れられない、不可思議な瞬間だった。 「あたしの帰る場所は――ここしかないもの。鉄格子は流石にちょっと驚いたけど」 「まあ、確かにちょっとやり過ぎだとは自分でも思う。  だが――わかってくれ、もう二度とお前を手放したくないんだ。  お前が……どれ程俺を拒もうとも。これはもう仕方がない」 「拒むだなんて……」 「じゃあ何故出て行った!?この二年、ただの一度も連絡すら寄越さずに!」 思わず語気が荒くなりそうになる、のを寸での所で押さえようとしたが駄目だった。 軽く触れていた細い手首をきつく握りしめると、穏やかだったマヤの表情がみるみる強張ってゆく。 そんな顔をさせたい訳じゃ決してないのに、どうしてこう、と。 ぐっと唇を噛みながら、同じように切なく寄せられた形のいい眉の間を―― すっ、と伸びてきたマヤの左手の指先がぐりぐりと引き伸ばした。 突然のその行為に、悲しみを通り越して理不尽な怒りに悶々としつつあったマスミの目が見開かれる。 「……何をする」 「何を、じゃありません。もう、そんな怖い顔しないで下さい。  ただでさえ皆、最近の王子には近寄りたくないって噂してるのに。知ってました?」 マヤは軽く唇を尖らせてそう言うと、そのままぐりぐりと真澄の眉間を親指の付け根で揉むようにして触った。 その心地良さに、一瞬で怒りが解けてしまうのが我ながら情けない、とマスミは思う。 卓越した頭脳や類稀な容姿といった美点のみならず、冷静だが時に非情ともいえるその厳しい判断により、彼は公国一の冷血漢との呼び名も高いのだ。 血は繋がっていないはずなのに、抜け目のない義父のやり口をそっくり受け継いだかのような彼が周りの者に与える印象は畏怖、である。 そんな彼に、只一人、マヤだけが。 有り得ない程率直に、奔放に振る舞う事が出来るのは――当のマスミ本人にも理解しがたい、大きな謎であった。 「悪かったな。大体、元より誰も俺に喜んで近寄りたがりはしない。  今更何とも思わないね」 「また――!相変わらず、へそ曲がりなんだから。  本当は優しいのに……どうしてそんな、天邪鬼みたいな事ばっかり言うの?」 「お前――俺を誰だと思ってるんだ?本当は優しい?馬鹿か」 は、と鼻で嗤い飛ばしながら、マスミはマヤの掌をゆるやかに払って膝を伸ばした。 小柄なマヤの傍に彼がそうやって立ちはだかると、王族という威厳を取り払っても相当な威圧感がある。 だがマヤは一向に意に介さず、きゅっと膨らませた頬をますます赤くさせながら腰に手を当て、じろりと見下す冷たい視線に立ち向かった。 「……なんか、久々にその態度みたらイラッとしてきた!  二年間、ちっとも成長してないんですね、王子ともあろう御方が」 「何だと?」 「そうやってすぐに怒るし、怒鳴るし、自分の意見とちょっとでも違ったら聞く耳持たないところ!  将来この国をしょって立つつもりならもう少しカンヨウの精神ってやつを身につけるべきだと思うわ」 「寛容の精神なんて言葉がお前の口から飛び出すとはね。  どこの学者か隠遁聖者の元に隠れていたか知らないが、お前に俺のやり方をどうこう指図される云われはない」 「うわ、最悪――これだから貴族とか王様って人達は……大っキライなの!!  もう知らない。出てって下さい。でなきゃあたしが出て行きます」 「だから、そうそう出してたまるかとこの鉄格子なんだろ!  何を見てるんだお前の両目は。出ていけだと?此処は俺の城だ」 「まだ貴方のお城じゃないでしょ」 「煩い奴だな――いいか、近々……」 売り言葉に買い言葉で口を開きかけたマスミだったが、珍しく言葉が喉の奥でつかえた。 そう、彼は決断しなければならない――こうして散々に罵り合いながらも、決して手放すことの出来ない愛しい女に――告げなければならないのだ。 本国から、正妻を迎えるのだという事実を。 それと同時に、正統なるこの国の継承権と絶大な権力を手にすることができるのだ、とも。 だが、それがマヤにとって何の意味を持つというのだろう。 愛しているのはお前だけだ――だの、妻とは名ばかりの存在に過ぎず、お前は過去も未来も変わらず俺のものなのだ、だのと。 どれ程心を込めて伝えても、彼女の微笑に含まれた憂いはますます深まるばかりだろう。 実の所、彼女が城を出て行った理由なら幾らでも心当たりがあるのだ。 かつて自分の母親がこの宮廷で舐めた辛酸を思えば、容易く想像もつこうというものだった。 その一瞬のうちに、互いの心に潜む不安を的確に感じてしまったのだろう。 きっと見上げていた漆黒の瞳に、みるみる透明の膜が張りつめたかと思うと。 紅潮した頬の上をほろりと、涙の滴が転がり落ちていった。 マスミは深く息を吐き出すと、 「もうやめよう――喧嘩をするために二年間、お前を探してた訳じゃないんだ」 「……最後も何か、喧嘩してたような気がします」 ぐす、っと鼻を啜り上げながらマヤは手の甲で頬を擦り上げた。 全体的にぐっと成熟し、大人の女の雰囲気を兼ね備えるようになった――と思う傍から、ふっと顔を覗かせるかつての幼さに、その仕草のたどたどしさに。 ああ、もう――駄目だ、とマスミは心の中で別の種類の溜息を漏らした。 そっと腕を伸ばして、小さな頭ごと胸の中に抱き寄せる。 なんの違和感もなく、するりと溶け込むようにマヤの身体が重なる。 二年間のわだかまりは勿論のこと、この不毛なやり取りによる怒りやストレスが掻き消えてしまう、心地良い重み。 「あれは何だっけ――恐ろしくくだらないきっかけだったな。  ああ、俺がお前の部屋中に薔薇の花を敷き詰めようとして」 「可哀相だからやめて、って言ったんですよ。  だって、咲いてるのが綺麗なのに、ちょん切っちゃうなんて」 「やれやれ、もう、お前を相手にする時は普通の女心って奴を一旦忘れる事にするよ」 「女心?王子にそんなの、一生かかってもわかるか疑問ですよ――」 マヤが胸の中でクスクスと肩を震わせて笑う。 その体温を感じられる距離を――もっと詰めてみたい、という思いがマスミの思考を支配する。 1部の隙間もなく、完璧に重なり合いたい。 かつてあったように、これからもそうあるべきなのだと彼女に知らしめる為に。 「ぁ」 溜息のように零れた声を掬い取る様に、耳元から唇を滑らせた。 ひたりと重ねた花弁のようなそこは、紅も差していないはずなのにまるで血でも滲んだかのように紅くほころんでいる。 マスミは舌先でそのふっくらとした膨らみと熱を確かめた後、するりと歯の間に潜らせてみた。 もしかしたら拒まれるかもしれない――というマスミの小さな不安を飲みこむように、薄い舌が迎え入れて絡みついてきた。 ああ、二年もの間離れ離れになっていたのは――やはり、長すぎたのだと。 孤独に耐えていた身体と身体が、かつての充足を求めて疼き出すのがわかった。 華奢な身体を覆うドレープを手繰り寄せ、強引に割り込んでみた其処は既にじっとりと熱い。 「やっ……ぁ、待って、まだ――まだ明るい……」 「それが、何」 「だって――あ、……んんっ!」 「まだキスだけなのに……何だコレ」 「も、う――バカぁっ!!」 「……王族にバカって軽々しく言うその癖、人前では何とかした方がいいと思うぞ。  お前の――面白い所ではあるけどな、マヤ」 クスクス笑いながら、一旦指を引き抜いた。 真っ赤な頬を一層紅潮させ、身を強張らせる初心な様は全く変わらない――いや、もしかするとその処女を奪った頃に逆戻りしていないか、と。 空白の二年の間に当然予想していた、別の男の影――という疑いがマスミの中で揺らぎ始める。 勿論、彼女が自分以外の男に触れる事等もっての他であり、もしそんな事実があろうものなら相手の男の命さえ保障はできない、と思う。 たとえ彼女が人の命を殺める事をどれ程忌み嫌っていようとも、だ。 だが、考えたくもないものの、仮にそうした過去を経てきたといって自分の中の彼女の価値が下がる訳でもない。 王族らしくもない、女々しい感情だと人は嗤うかもしれないが、この執着に理由を求める事はとっくの昔に諦めているのだ。 「二年間、頭がどうにかなりそうだった。  死んだかもしれない、と諦めかけた時もあったんだ」 「王子……」 抱き上げて数歩もないそこに、天蓋に覆われたベッドはあるのだが。 一度、骨が軋みそうな程きつくマヤを抱き締めると、そのまま磨き抜かれた大理石の床の上に組み敷いて覗き込んだ。 囁くその声のあまりの切実さに、抗議しようとしたマヤの目尻に再び涙が浮かぶ。 「ごめんなさい」 「何に謝ってるつもりだ?」 長い黒髪が広がる、その中に咲いた花の様に可憐な頬を、指の腹で何度となく撫でながら、形ばかりの皮肉を投げかける。 わかっている、これは彼女に対する甘えなのだと。 「あなたを――」 す、っと何度目かの指の往復の途中で、やんわりと止められた。 手首を掴む彼女の指先も、自分と同じように燃える様に熱い、とマスミは思った。 「ひとりにしてしまって、ごめんなさい。こんな――こんな所に」 「……わかってるじゃないか、ちびちゃん」 うっかり泣いてしまったら、流石に驚くだろうな、とも思った。 その代わりに、マヤにぎゅうっと頭を抱きかかえられながら、深々と息を吸い込み、吐き出す。 マヤはまるで赤子を抱きしめるかのように両腕を広げ、マスミの柔らかな髪を撫で、広い背中を撫で下ろした。 小さなマヤをほとんど押し潰すように覆いかぶさりながら。 今、深く抱かれているのは間違いなく自分なのだという充足感にマスミは震えそうになる。 その震えを抑える為に、首を傾けて深々と口付けた。 力の抜けていたような両手が再び柔らかな肌の上を彷徨い始める。 「ん……っ、ぁ――あっ!」 「マヤ――もう、我慢ができない。欲しい。」 言いながら右の胸を掴み上げてみると、薄い布の上からはっきりと、その可愛らしく興奮した状態が浮き上がる。 人差し指できゅっと押し潰して擦り上げると、ぞくん、と弾かれたように背筋を反らした。。 相変わらず、感度が良すぎる――と感嘆すると同時に、マスミの身体の芯が否応なく反応する。 「――あっ!?」 そのまま反った腰の下に腕を差し込み、ぐるりと反転させて自分の腰の上に乗せた。 かしゃん、と身体の何処かの装飾品が床に触れる冷たい音がする。 「お前を、よく見たい」 「え……で、も――」 露わになった肩の下、細い金のストラップを外すと、細やかな刺繍の施された薄い布地が腰元までストン、と落ちた。 背中の蒼の影に、真っ白な二つの膨らみが揺れる。 「綺麗だ、マヤ……二年前よりずっと。  ……認めたくはないが、ここで俺に囲われてるより、ずっと自由な生活だったんだろ?」 マヤは困ったように首を竦め、腕を交差させて胸を隠そうとする。 その腕をゆるりと外して引き寄せながら、マスミは微笑んだ。 「俺も連れて行けばよかったのに。酷いな」 「そんなコト――ふ、あ、あ、ぁあっ」 恥かしげにそそり立つ、胸の先端を口に含みながら、剥き出しの背中を撫で上げる。 耐えず零れるマヤの嬌声が段々と大きく鋭くなる様を、一瞬の隙もなく見つめ、抱きしめる。 興奮を増してゆく意識の片隅に、先程垣間見えた不安がちくちくと胸を刺す。 わかってる――わかってる、だけど、ああ、今だけは。 激情に押し流されるがまま、何も考えたくないんだ、互いの熱以外は、何も。 床の上で絡み合う二つの身体は―― 鉄格子に遮られた蒼穹がやがて紅に染まり、闇色に溶けるまで、いつまでも求め合った。 息苦しいひと時を分かち合う、狂ったようなこの幸せは長くは続かないと、わかっていたから尚。 迫りくる「その時」の足音から逃れるように――足掻きながら、 どうしたって、手放すことができなかったのだ…… web拍手 by FC2

第1話のココでも述べましたように、『蒼穹』の時代設定、世界地図の位置云々はTHE適当、です^^;
『南蛮』イメージということでちょっとだけオリエンタルな雰囲気はある、かもしれませんが、漫画やゲームでお馴染みの「中世欧州」を大ざっぱにイメージしてもらっても構いません。カタカナ大嫌いで日本史専攻した程の世界史音痴だったんです…勿体ないコトしたなあ、と今頃後悔。
で、一応参考にしてるのがジャンヌ・ダルクをテーマにした佐藤賢一の『傭兵ピエール』。あんまりスキな文体じゃないんですが(爆)、軽いタッチをやや意識。
真澄や英介、王国間の相関関係は14世紀頃の某国を意識していますが…さてどこでしょう(笑)意識、なんで全然かすってもいないかも。
世界史愛好家の方、超お暇でしたらいろいろ想像しながらあててみてくださいw でもホントに適当なんで、「違うじゃん!」って突っ込みは平にご容赦を〜(笑) last updated/11/05/31

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