第3話




本作品には以下の傾向を含みます。

暴力/流血/マス×マヤ以外のCP


水城のスケジュールによれば、その日真澄は夕方から出社してくる予定だった。 大都グループ西日本支部の幹部会に出席する為、神戸に出張したのが昨日の朝の事。 グループ総裁の座を遂に真澄に譲渡することを決定した英介も、その最後の「仕事」として珍しく自ら東京を離れ、真澄と共に会合に出席していたのである。 会議では無事に真澄の総裁就任が決議され、そのまま今年度の各グループ決算報告と来年度の経営方針についての会議が執り行われた。 長く、また重要な会議である事もあり二人はその晩神戸のホテルで一泊し、翌朝東京に戻ることになっていたのだ。 マヤと真澄が結婚して四か月――ようやく積年の願いを叶えた真澄の状態は(水城に言わせれば吹き出しそうな程)絶好調で、社内の誰しもが「まるで別人のようだ」とその変化に驚いていた。 何よりも表情が明るくなった。 やや辛辣だが冗談もよく言うようになったし、よく笑うようになった。 そしてその効果は仕事にも着実に影響を与えているのは間違いない。 誰だって陰気な顔の上司よりは明るい顔の上司の元で働きたいに決まっているし、仕事の効率だってその方が上がるのは当然である。 そんな訳で――彼の電撃結婚は社内はおろか各界に衝撃を与えたものの、その影響力についてはおおむね好評をもって受け止められているのがここ数か月の状態だった。 だが今の真澄は――予定を覆し、朝一の新幹線で東京に戻るなり速水邸へ直行。 その後大都グループ本社を兼ねる大都芸能社ビルを訪れた彼の表情は恐ろしく険しく、このところ彼のそうした表情に慣れていなかった周囲は何事か、と固唾を呑んで見守る事しか出来なかった。 唯一、側近中の側近であり、長年彼と共に行動してきた秘書の水城を除いては。 「……一体、何事ですか、真澄様!?」 水城は眉を顰め、目の前で「苛立ち」以外表現しようもない表情を浮かべている上司を見やった。 よほど慌ててやって来たのだろう、普段なら絶対に乱れることのないスーツの襟元が僅かに緩み、顔を見れば、どうやら今朝は洗面もそこそこにやって来たと思われる。 朝っぱらから不機嫌な電話で叩き起され、碌に理由も説明されぬままこうして社長室に呼び出されている。 彼女は今日直接出先に向かう仕事があり、その為に準備していたのを全て投げ出してやって来たのだ。 文句の一つでも言ってやろうとやってきた水城だったが、目の前の真澄の尋常ではない様子に見覚えがないでもなかった。 冷静沈着な彼がこんな風に取り乱すのを見るのは一度や二度ではない―― あの子に関わる事以外で、彼がここまで動揺する事などあるはずがないのだ。 「マヤちゃんに……何かあったのですか?」 「――誘拐された」 投げ出すように呟くと、真澄は苛立ちをそのまま表すように拳を握り閉め、それから深く溜息をついた。 「誘拐……?いつですか!?」 「昨夜、速水の屋敷からだと思われる。 寝室に向かう姿は家人が確認しているから、あの子にはありがちな気紛れな逃走とも思えない。 今朝、部屋を覗いた時にはもぬけの空だったそうだ」 「そんな――でもまだ誘拐と決まったわけじゃ……」 「昨夜、マヤは夕食後に軽食を取ったらしい。その湯呑から睡眠薬が検出された。  その茶を一緒に飲んだらしい家政婦は今も昏睡状態だ。 そもそも彼女が起きてこない事が原因で邸内が騒ぎになり、マヤがいなくなってる事がわかったと――ちょっと待ってくれ」 真澄は物凄い勢いで携帯電話を取り出すと、耳に押し当てた。 「見つかったか?――ああ、それで彼女の容体は……話せそうか?  いや、俺が直接行く。身辺を厳重に警護しておいてくれ」 パチン、と薄い金属を折り曲げ、更に一つ溜息をつく。 それから切り替えるように頭を上げると、いつもの彼の簡潔な口調で、 「家政婦の意識が戻ったらしい。これから病院と警察を回ってくる。  今日のスケジュールは全て変更。仕事に関する要件もよっぽど緊急のもの以外は連絡しないように頼む」 「かしこまりました」 素早く一礼する水城の傍を足早に駆け抜けると、真澄の姿はあっという間に扉の向こうに消えてしまった。 (誘拐だなんて――一体、誰が何のために?) 残された水城はしばし呆然と立ち尽くし、思考を巡らせた。 大都の、というよりも真澄個人に敵対する者なら水城が把握するだけでも数えきれない程いる。 が、こんなにも直接的に、それも真澄個人ではなくマヤを狙ってくるような敵には心当たりがない。 『紅天女』を継承して二年、このところのマヤの活躍ぶりは目覚ましく、人気も絶好調だ。 四か月前、元所属事務所社長である真澄と電撃入籍を果たした後は常にワイドショーの中心で取り沙汰されるようになっていたから、世間の注目度も高い。 もしかするとその活躍を妬む者の仕業……でも誘拐なんて手の込んだことまでするだろうか? 案外、彼女目当てのストーカーの類の犯行なのかもしれない。 真澄には見当がついているのだろうか――いや、あの様子だと彼もほとんど状況を把握していない様に思われる。 鷹宮との騒動もようやく落ち着き、やや時期尚早かと思われたマヤとの結婚も成し遂げ、安心したのは何も真澄ばかりではない。 長年二人の成り行きを見守っていた水城自身、ようやく肩の重荷が取れた様な穏やかな気持ちになれたというのに――またしてもこの騒動か。 あの二人、これまでもそうだったが今後も厄介事からは揃って抜け出せない運命なのかもしれない…… と水城は僅かに頭痛を覚えつつも、やはり気になるのはマヤの状態だった。 兎も角、今の自分に出来得る限りのサポートに徹しなければならない。 案外大したことない事件で、今にもマヤがひょっこり舞い戻って来ないとも限らないのだから。 どのような状況であれ、真澄がすぐ動ける心づもりだけはしておこう、と決意すると、水城は開きっぱなしの社長室の扉をゆっくりと閉めたのだった。

日付は再び二日前へ――場面は真澄が神戸に発つ前夜の速水邸へと遡る。 「だからぁ、コレのビター味なら速水さんも絶対好きだと思うんですよ!  食わず嫌いしてないで一粒食べてみて下さいってば」 そう言って、スポンサーからどっさりと貰ったらしい桃色のパッケージの中からチョコレートを一粒取り出すと、マヤはにっこりと笑った。 明日は泊りがけでの出張を控え、口にこそ出さないが真澄はやや不機嫌になっている。 この数か月、お互い仕事に追われていることもあり、新婚生活とは思えない程すれ違いの日々だった。 若夫婦の為にと増築中の部屋は未だ工事中であり、いくらだだっ広い実家とはいえ英介や家人と同居する空間でマヤと大っぴらにじゃれつくのにはやはり抵抗がある。 ――が、真澄としてはようやく想いの通じたマヤと「馬鹿馬鹿しいほど甘い生活」を送りたい、という密かな欲望があった。 その想いを知ってか知らずか、当のマヤは至って呑気に過ごしており、たった一日とはいえ離れ離れになる事を苦痛と感じている自分の胸の内など全く意に介さないらしい。 「ほら、口開けてくださーい……って、な、何怒ってるんですか」 「別に」 ふいっ、と顔を横に向けると、真澄は素知らぬ顔で先程まで上の空で眺めていた雑誌のページを捲った。 二人は今、速水邸の片隅にある真澄の寝室のベッドの上で長々と寝そべっている。 「……何か、速水さん変ですよ、今日。帰ってきてからずーっと不機嫌」 「君がご機嫌なのがイラつくんだよ、今は」 「なっ――何でですか!あたしは速水さん不機嫌なのが不愉快ですっ」 「お互い様だな。どうせならもっとイラついてみろ」 「はあ?――もう、何でそう捻くれ屋なんですか……あっ、赤ちゃんよりタチ悪い」 心持赤くなりながらそう呟くと、マヤは拗ねたように、取り出してた指先でやや溶けかけたチョコを自分の口の中に放り込んだ。 ――と、その瞬間。 いかにも「只今不機嫌につき近寄らないように」と言っていた広い背中がくるっと反転し、あっという間にマヤの肩を抱すくめた。 わっ、と声に出す間もなく唇が押し当てられる。 「んっ……んんっ、……ふ」 やや乾いた真澄の唇は性急にマヤの唇を吸い上げ、そのまま隙間を潜り抜けて舌が差し込まれてきた。 呼吸する間もないその所作に、マヤは何とか身を捩るものの固く抱き締められているためほとんど身動きが取れない。 マヤの舌の裏に落ちて溶けかけたままのチョコの欠片を、真澄の舌が掬い取る。 そのままマヤの舌に擦り付けるようにして絡みつき、かと思うと舌の根が痛くなる程吸われた。 僅かにアルコールの混じる甘いキスに、徐々に頭の裏がジンジンと痺れるような心持になってくる―― まるで酔った時のような、それよりももっと熱くてドキドキするような…… 痺れたまま、マヤは夢中で溶けかけの塊を真澄に差し出す。 ぎこちない動き、それでも懸命に彼の動きに合わせるようにしてその口の中へと。 真澄は一旦それを受け入れ、マヤごと優しく甘噛みする。 かと思えば再びマヤの口の中に押し入り、上顎の奥まで擦り付けてきた。 何度となく繰り返し、やがてチョコが完全に溶けきった頃には、マヤの頭も身体もすっかり蕩けきり、ぐったりと真澄の腕の中で荒い息を吐いていた。 その様子にようやく微笑を浮かべながら、真澄が呟く。 「確かに、これなら俺でも大丈夫だな――但し、君がこうして食べさせてくれる場合に限るけど」 「そんなの……あたしがムリです……」 ボーッとしたまま呟く赤い唇の端を軽く舐め上げ、こびり付いた茶色を落とすと。 真澄はそのまま体重をかけ、マヤを仰向けに寝かせた。 大きな手がパジャマ裾をかいくぐり、熱く火照ったマヤの身体をまさぐってゆく。 たちまち背中を這い上ってゆく甘い戦慄にゾクゾクと肌を粟立たせつつも、マヤは「もしかしてこれは拒まなくてはいけないのでは」――と、途切れそうな意識の片隅でふと思った。 なので、夢中でその手首を掴まえると、何とか声を振り絞ったのだ。 「あの……ちょ、っと待って……?」 「――何」 「あの――ほら、明日出張だし……つ、疲れちゃうでしょ?だから今夜は――」 「君に触らないで寝る方が疲れる」 いかにも当然、といった具合で言い放つと、真澄は一度止めた愛撫を再開させてくる。 マヤだって勿論、真澄とこんな風に触れ合うのが嫌いな訳ではない―― いつだってその時間は自分の全てを捨て去って委ねられる、何にも代えがたいひと時だったから。 だけど今は――今の身体は、もしかしてこうした行為に溺れてはいけないのではないか? と、これまでその方面の知識を得ることに貪欲とは言えなかったマヤは、結婚した今となっても不安で仕方なかった。 が、それを真澄本人に問うにはもっと確かな証拠が欲しかったし、何より恥ずかしすぎる―― というわけでの中途半端な抵抗なのだが、元より真澄がそれに気づくはずもない。 おまけに身体の方は素直に反応してしまっているのだからどうしようもなかった。 「何でイラついてたか……鈍感な誰かさんの為に教えてやろうか?」 「あっ」 掌が胸を覆いこんだかと思うと、きゅっと掴み上げ、先端の突起を軽く擦り上げてくる。 途端にマヤの身体の中心がじわっと熱くなった。 ダメだ――拒むなんて、出来る筈がない……ああ、だけど。 必死で眉根を寄せるマヤの表情に僅かに不審を感じつつも、その情動のままに真澄は指を動かした。 執拗に擦り付け、弾き上げると、マヤは堪えきれず甘い鳴き声を上げ始める。 首元まで完全にパジャマをたくしあげると、固く屹立した片方の突起に直接舌を這わせた。 反対側の指ではきつく摘まみ上げながら、そこだけ啄むようにして吸い上げる。 痛くて甘いその疼きに、マヤは一層声を高くして戦慄き、小刻みに揺れた。 細身の彼女が背筋を反らせると、まだ少女の様に肉付きの薄い腹部に肋骨が僅かに浮き上がって見える。 その幼げな姿態に相反するように白く揺れる胸が、どこか捩じれたような淫靡さを際立たせ、真澄の興奮を煽るのだった。 誰に憚ることなく彼女の傍に立ち、見つめ合うことができる、それだけでも死ぬほど幸せだ、と思う。 が、こうして思いのままに彼女を抱き、自分の身体と言葉によってその最奥から彼女自身も知らない彼女を引き出す快楽は―― これ以上のものはない、と真澄は確信していた。 「結婚、といっても籍だけ入れた様な慌ただしさで――こうして過ごす時間だって禄にないだろ――?  やっと一緒になれたのに……たった一日でも君の傍を離れるのが苦痛でならない、なんて、やっぱり言わないとわからないか?」 「そ……んな、あっ――あたし、だって……」 「いーや、チビちゃんは全然わかってないね――例えばこのチョコの件も。  何だアレは……あんなカットOKした覚えはないぞ」 「CMの事――?でっ、でもあれは速水さんも知って――っ、あ、あ、ああっ」 ふいに啄むだけだった部分に歯を立てられ、コリコリと舌先で転がされる。 同時に片方の掌が太腿を割ってなぞり上げてくる、その両極端な刺激にマヤは言葉を詰まらせて鳴いた。 「知ってたさ――脚本はな。だがあんな声を出せとは言ってない……  普段の君とも思えない、俺の前でもあんな声出した事はなかったな?  ちょっと言ってみろ」 「や……っ」 きゅっと太腿を擦り合わせながら、マヤは首を振った。 あれは――確かに自分でも驚いたくらいなのだ。 『貴方と一粒だけの蕩ける夜を』。 商品のキャッチフレーズであり、CMの要となる最後のカットでマヤ扮する「小悪魔風の少女」が囁く台詞だった。 少女、という事でマヤは普段よりも更に高めの、甘い声を出すよう心掛けたのだが。 何度繰り返せども、ヒットCMを何本も手掛けてきたその人気監督はOKを出してくれなかった。 どうもイメージ通り「すぎる」、どこか意外性が欲しい……とモニターを見ながらブツブツ呟く監督の横顔を見て、ほんの思いつきで真似てみたのだ。 いつも自分の耳元で低く甘い声で囁いてくる、誰かさんの声を。 「あれはっ……たまたま――したら、監督さんがソレでいこうって……  大体あれって速水さんの――や、もうっ、駄目だってば!!」 上からそっと触れていた指がパジャマのズボンの内側に潜り込んできたのを察して、マヤは慌てた声を上げた。 「駄目?マヤ、結婚は契約だぞ。身体も心も――俺にくれるんだろ?  俺だってそうしてるつもりだが、君だけ契約違反するつもりか?」 「だからっ……今は待っ……あっ……」 押しとどめようとする両腕を肩で遮り、真澄の手が完全に下着の中に忍び込む。 「全然、待てないみたいだけど――此処。ぐちゃぐちゃだ」 「あっあっ……そこ、だっ――だめ、あっ……いた、痛いから――っ、お願いっ」 「痛い?」 「え、いや痛いっていうか――ああっ」 ゆっくりと、本当に痛みを感じているのかどうか窺うような慎重さで真澄の指が沈み込んでくる。 マヤの全身は隈なく上気し、額にはうっすらを汗が滲み始めていた。 どういうわけだか今夜は本当に抵抗の気配を見せてはいるが、触れる傍からぴくぴくと身を捩ってのたうつ様は、どう見ても快感を求めているとしか思えない、と真澄は思った。 「マヤ――本当に、何処か調子が悪いのか?だったらやめるけど……」 「ん……うん――」 真澄は残念そうに深く息を吐きながら、性急だった動きを何とか収める。 だが指はそこに侵入したまま、半身だけをずらすと、そのままマヤを横抱きに抱きしめた。 堅い胸板に押し当てられたかと思うと、頭の上に顎を乗せられたようだった。 首の後ろからまわってきた手が、絡まった髪の毛を優しく梳いてくれる。 マヤはきゅん、と痛いくらいに胸が疼くのを感じた。 ――ああ、自分はこの人にきっと物凄く愛されている。 信じられないけど……本当にそうなんだ、とじわじわと実感がこみ上げてきた。 その幸せに、まだ身体の表面を覆い尽くし、一部内部に忍び込んだまま燻る欲望が不満を漏らす。 もっと欲しいって、あたしだって貴方が死ぬほど欲しいんだって―― どうして素直に言えないんだろう、いつも形だけ抵抗してみせるばかりで、本当の気持ちを吐き出すのを馬鹿みたいに怖がっている―― 隠すものなんて何もない、身体も心も、言われる通り全部この人のものなのに……だったら。 「あれね――速水さんの声、真似したの……」 「え?」 「脚本では、イメージは少女、だったから――結構高い声出してたの。  けど、意外性が欲しいって監督さんが……だから、見た目は女の子だけど、中身はすっごい大人の、怖いくらいの、小悪魔っていうより悪魔って感じの雰囲気が出せたらなって」 「見た目は少女で、声が俺?――気持ち悪いな。というより悪魔扱いか、俺は」 「もう……絶対言うと思った。でも、面白いって採用してもらえましたよ。  商品のイメージにも合ってるって――甘いけど、油断すると酔っ払いそうな程熱い……あ」 くっ、と内壁を掻き回され、マヤは小さく喘いだ。 それ以上は動かない指がもどかしくて堪らないのだ――と、もう既にわかりきっている。 「で――言ってくれないのか?」 「……言ったら、やめてくれる?」 「やめて欲しい?」 「……ううん」 マヤは深く溜息をつくと、そっと真澄の胸元から額を起こした。 そのまま、ゆっくりと身体を起こし、真澄の腰の上に脚を絡める。 すとん、と体勢が逆転し、真澄の上に馬乗りになるような形で覆いかぶさる。 真澄は音もなく指を引き抜くと――ゆっくりと、毛羽立つ太腿の上を滑らせるようにしてマヤのズボンをずり降ろしていった。 その切れ長の瞳をじっと見つめながら――マヤも既に幾つか外れた自分のシャツのボタンを外してゆく。 薄い光彩が甘く蕩ける――見つめているだけで、こちらまで酔ってしまいそうなる程に。 その瞳に見つめられたら、その指に触れられたら。 抵抗なんて出来るはずがない――どろどろに溶けて、あっという間に溺れてしまう。 会えない夜はいつだってその姿を、声を瞼の裏に求めてしまう――唇は囁いてしまう、いつか囁いた台詞の欠片を、今でもしっかり覚えている。 マヤは微かに唇を開いた。 真澄を求める心と全く同じ所で、彼と同化してしまいたいような奇妙な心持に至る瞬間があり。 あのCMで演じた少女がまさにそれで、あれは形は違えどもある意味真澄の姿を反映したものといってよかった。 「『貴方と一粒だけの蕩ける夜を』――過ごしてくれる?速水さん」 低く掠れた、穏やかでいて背筋を震わせるようなその声。 真澄は僅かに息をのみながら――自分だけを映しこむ漆黒の瞳から逃れようのない自分を認め、その狂喜にうち震えた。 「勿論――君の好きなだけ……飽きるまで、どうぞ」 か細い腰に両手をあてがうと、一気に引き降ろし、深く深く捩じり込んだ。 奥まで貫いた後の激しい律動に、マヤの熱い内部がきつく締め上げてくる。 粘膜が擦れ合う淫靡な音と互いの荒い息遣いだけが響くような頭の中で、快楽の頂点を目指してただ闇雲に蠢く。 何度となく繋がり、互いの境目さえもわからなくなる程蕩けきる。 一粒だけで足りるはずがない、全然足りない、達しても、まだまだ全然…… 泣きたい程の幸せを抱きながら、それでもどこか焦りながらもっとその奥へと引き寄せてしまう。 無限するループのような、悪夢のようなこの瞬間が永遠に続けばいいのに――と。 もうすぐ弾け散りそうな意識の狭間で、二人は必死で乞い願っていたのだった。 web拍手 by FC2

last updated/11/19/

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