第4話



真澄はスーツの上着を脱ぐと、シャツの袖を肘まで捲った。 
ネクタイを外し、襟元を緩めると、息も絶え絶えのマヤの身体を持ち上げてソファに深く腰掛ける。 
膝の間に彼女をすっぽりとおさめてしまうと、背中からぎゅっと骨が軋みそうな強さで抱きしめた。 

「・・・・・・・ありがとう」 

ちゅ、と軽く額に口付ける。 

「君に要求されるのは――最高だな。嬉しすぎて、おかしくなりそうだ」 

何度も髪を掬い上げながら、薄い耳の形をなぞって囁く。 

「あたし、の方が、そうだと思うんだけど・・・・・・」 

首を竦めて、執拗に肌の上を這い回る手首を握り締めながら、そっと呟く。 

「どっちが先におかしくなるか、試そうか」 

押し殺した声で宣言してから、白い首筋を強く啄んだ。 

「え・・・・・・・あ、やっ、んんっ」 

背後から回された真澄の両手が、マヤの豊かな乳房を包み込み、押し潰し、自由に形を変えてゆく。 
少し硬く張ったその感触に、生理前なのかもしれない、と思ったら血の匂いの錯覚でさらに頭がおかしくなりそうな興奮に襲われた。 

「マヤ、マヤ――」 

「ああ、は、速水さん」 

「もっと言え――どうしたい、どうなりたい、マヤ」 

「もっと――あ、もっと・・・・・・」 

「物足りないだろ?どうしたいか、自分でやってご覧」 

マヤがちらりと眼の端で見た真澄は、常の真澄からは思い描くことができない程、生々しい感情を露にさせていた。 
綺麗に整っていることは相変わらずだが、吐き出される息も、自分を見つめる熱い視線も、ゾクゾクするほど雄の気配を発散させて、まるで別人のようだった。 
その熱に誘われて、マヤに残っていた僅かな羞恥心も融けてしまう。 
片方の手がするりと下腹部を撫でて降りてくると、マヤはその指をぎゅっと握り締めた。 
そのまま、どうしても触れて欲しい部分に真澄を誘う。 
真澄は真澄で、為されるがまま指を沿わせたくせに、何もしないでただマヤの髪の中に顔を埋めていた。 

「あ、あの・・・・・・・」 

「自分でしなさい。俺は君のものなんだから、自由に使ってくれ」 

「えっ、そんな――」 

「ほら、したいことがあるんだろ?」 

・・・・・・やっぱり、この人は根っからの意地悪だ。 
ちょっとだけ、怒りに似たものがわいたけれど、すぐに頭の中の熱に融かされて消えた。 
言われるがまま、真澄の大きな掌の上に自分の掌を重ね、少しだけ動かしてみる。 
直視することなどできそうにもなかったので、一応、腰の周りでふわりと花びらのように膨らんでいるスカートの端から二人の片手が潜り込むような形になっている。 
真澄は黒髪の中から顔を出し、囀るような小さな声で呟いた。 

「今後、君が自分でする時のために、覚えておけ。俺の指の形や、感触を」 

「そ、そんな事・・・・・・するって、勝手に、決めないで」 

「そうか?マヤはしないのか?残念だ」 

「あ・・・・・・ああっ」 

一瞬だけ、指が動く。 
それを待っていたかのように腰が勝手に浮き上がってしまい、真澄はクスリと笑った。 

「別に変なことでも何でもないと思うけど。 
 好きな相手が自分を欲しがってこうしてる、なんて事知ったら、最高に幸せだ」 

「う・・・・・・・けど――何か、か、かなしい、それって」 

「そうだな――本当はもっともっと、毎日でも、君にこうして触って君を悦ばせて、俺の好きなようにしたくてたまらないけれど。
  今はできない、から。そんなことでもしないと、俺は寂しくてやりきれないんだ、マヤ」 

「速水さん――」 

「マヤ、だから俺を君だけのものにして欲しい。 
 欲望のままに扱って、俺を覚えて、俺がいないと君も寂しくて我慢できない、そうなってくれ」 

「もう、なってます・・・・・・」 

じくじくと、寂しい内側が呼んでいる。 
会いたかった。触ってほしかった。 
もっと側にきて、もっと中にきて、融けてひとつになりたい。 
――寂しい。 

マヤは夢中で動かす。 
真澄の指を、綺麗なその骨格を、冷たさを、皮膚の滑らかさを、自分の一番敏感な部分に刻み込むために。 
動かして、動いて、哀しくて愛しい矛盾した想いを啼き声に変える。 
マヤの掌の中で真澄は存分に蹂躙され、いいように使われる。 
この手は自分だけのもの。 
この悦びは彼によってのみ与えられるもの。 

「あっ、あっ、っ・・・・・・・はやみさん、はやみ――さん・・・・・
  いい、すごく、すごくきもちいい――は、あ、あっ、・・・・・あああっ」 

柔肌がソファの上をきつく滑り、軋んだ音を立てる。 
波のように寄せては返す快感を少しでも長く掴み取りたくて、勝手に腰が浮いてしまう。 
マヤの指と真澄の指は遠慮呵責なく欲情を掻きまわし、引きずり出し、我侭に振る舞う。 
今や両脚を大きく開いて自分の名前だけを譫言のように呼び、自分の指の付け根までしとどに濡らして快楽に溺れるマヤの汗ばんだ身体をきつく抱きしめながら、真澄は我知らず嗚咽を漏らした。 

「マヤ、マヤ・・・・・・ちょっとストップ」 

「はあっ、あっ、あっ、はや、みさん・・・・・・」 

「そんなに呼ばれたら――我慢できない」 

「だ、だめ・・・・・・・もう、止められな・・・・・・あ、あああんっ」 

「可愛い――マヤ・・・・・・」 

そんなにも乱れて、俺を呼ぶのか。 
あのマヤが。 
あの小さかったマヤが。 
恥ずかしがり屋で、そのくせ負けん気が強くて、意地っ張りなあの子が。 
俺の手で、自分の手で、快楽を引き出して、昇り詰めている。 
ああ、遂に弾けた――彼女の内部が急激に収縮し、きつく自分の指を締め付けて痙攣するのがわかる。 
ダメだ――これ以上は、もう我慢できない。 

今まで動かなかった真澄が、突然手を引き抜く。 
マヤはビクリと背を弓なりに反らすと、やがてくったりと真澄の胸に頭をもたげた。 
濡れて糸引く蹂躙され尽くした指を舐めながら、真澄は言った。 

「今日は君だけにあげるつもりだったのに」 

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last updated/2010/10/24

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