『祝福』



「先生〜、昨日、藤村君の誕生日でしたー!!」

「お休みだったし、今日乾杯しようよ〜っ、ねえ!」

「あ、そうだった!!ゴメンねえ、まー君、センセイ忘れてたわ!」

「……別に、いいけど」

「はい、じゃあ皆牛乳パックもって整列―!!
 まー君、オルガンの前にきなさーい」

「え、いいってば、ホントに」

「早く行きなさいよ、何照れてんの?」

「はあ?別に…」

「藤村早くしよ〜、給食食べれない!」

「なら乾杯とか別に」

「まー君!!人がお祝いするって言ってるときは素直になりなさいっ」

「…はーい」

「じゃあいくよ〜せーの、」

「「♪ちゃんちゃちゃんちゃんちゃんちゃ〜ん♪
  はっぴばーすでーとぅーゆー はっぴばーすでーとぅーゆー
  はっぴばーすでい でぃあ ますみくーん!!
  はっぴばーすでーとぅーゆー……かんぱーいっ!!!」」

「かんぱーい!おめでとー!!」

「ヘイ藤村!おめでとうっ」

「…ありがと」

「まー君おめでとう〜」

「どうも」

「あたしのお母さんと同じ誕生日なんだよ!11月3日、文化の日!」

「へえ」

「今日の放課後残る?野球しよ」

「3時までだったらいいよ。何か今日出かけないといけないんだって」

「いいなあ、あたしもう誕生日終わっちゃったよ」

「ハイ、では先日無事8歳となりました藤村真澄君に一言頂きたいと思いま〜す。
 ではまー君、さっそくですが8歳の抱負を」

「ほうふって何ですか」

「ああ、じゃあ8歳になってどうしたいとか、目標をどうぞ」

「ええっと、地区選抜のピッチャーになりたいです。3年のチームで」

「もう既に3年に混じってるじゃん、藤村」

「まだ補欠だし。レギュラーになりたい」

「サッカー来いよ〜俺らのチーム超弱いし」

「ひっぱりだこですね〜さすがまー君。
 では続いて8歳の課題をどうぞ」

「カダイ?」

「直さなきゃいけないこととか、頑張ることですよ」

「えーっと……ない、別に」

「ほおおお。聞いた、みんな。直すとこないらしいよ、どうですかね」

「「うそつけー!!!」」

「ほら。何ですか、課題は」

「……字をキレイに書きます」

「ですよねー これからは1マスに1文字、丁寧に書くこと!
 漢字テストだけ0点とか許しませんよ〜 はい、では食べましょうか日直さん。せーの」

「「いーたーだーきーまーす!!」」


・・・・・

・・・・・

目を覚まして暫く、茫然としていた。
見慣れたはずの天井がひどく馴染みない。
とんでもなく大昔の夢をみていた。
あれは8歳の誕生日――小学校2年生の頃の記憶だ。
当時の担任は、クラスの子供の誕生日になると給食の時間に「牛乳乾杯」をさせた。
牛乳パックを持ったクラスメートが、誕生日の子の前に列をなして、続々と乾杯してゆくのだ。
あんな昔の記憶がここまでリアルに思い浮かぶとは。
掴んだパックの冷たさまで手のひらに残るようだ。
頭を振って起き上がる。
ふっと肌を刺す冷気に鳥肌が立った――いきなり冬らしい目覚めの朝だ。
……と、その時。

ガラガラガッシャーン!!

「ぎゃっ!うわあああっ」

音から察するに多分、ボールとお玉とフライパンと……卵か。
おいおい、ホットケーキくらいで何を一騒動起こしてるんだ。
見なくても浮かぶ光景に、早くも吹き出した笑いが止まらない。
ベッドを抜け出してリビングに顔を出すと、案の定、黄色い液を床中に散らしたマヤが何とも情けない顔で溜息をついている所だった。

「おはよう。賑やかだな」
「……う、お、おはようございます……ごめん、起しちゃって」
「何してんの」

一目瞭然だが、わざと聞く。
マヤは怒るべきか誤魔化し笑いをすべきかとおろおろと表情を変えたかと思うと、結局しゅんと頭を下げた。

「あの……ホットケーキ作ろうと思ったら、ボールひっくり返しちゃって」
「君が台所に立つと大惨事だから、出来る限りやめろと言ったよな、前」
「うん……そうだけど」
「何で今日に限って作ろうと思ったの」
「だって、誕生日だし」
「……それはどうも。でも食べるの専門なのは君なんだから、俺に任せればよかったんじゃない」
「それじゃ、意味ないじゃないですか」

膨れっ面のマヤに、さっきみた夢の言葉がふと頭に浮かんだ。

――人がお祝いするって言ってるときは素直になりなさい

……確かに、そうですよね、センセイ。

「ありがとう」
「へ」
「もう、気持ちだけで十分嬉しいです。ついでだし、乾杯しない」
「朝からお酒ですか?」
「いいや、牛乳」
「はあ?」

ぽかんとするマヤを尻目に、テーブルの上に出しっぱなしの牛乳パックからグラスに2つ、なみなみと注いだ。
片方をマヤに手渡して、促す。

「歌え」
「な、何を」
「誕生日の歌」
「……もう、訳わかんない」
「はい、ちゃんちゃちゃんちゃんちゃんちゃ〜ん」
「ええー??は、ハッピバースデイ、トゥーユー……」

戸惑いたっぷりで歌いだしたマヤだったが、最後の方は楽しそうに頭まで揺らしていた。
そして。

「おめでとう」
「乾杯」

カチン、とグラスを合わせる。
冷たい牛乳が喉を通り過ぎてゆく。
いやいや、別に一口でいいのに、一気飲みしろなんて言ってないぞ。
ごくごくと動く白い喉を見ていたら、ふと悪戯心がわいた。
グラスから唇が離れた瞬間、ぺろりと舐めるようにキスをする。

「……牛乳くさい」
「当たり前でしょ!」
「床、拭いたら、3×歳の抱負と課題を報告させてもらいます」
「はあ……わかりました。何か、今朝はどうしちゃったんですか速水さん?」

――その後は勿論「いただきます」なのだが。

そんなオヤジくさい下ネタは言わないでおくので、さっさと片付けて、こっちに来い。

でも祝ってくれて――本当に、ありがとう、マヤ。

END.


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誕生日。
実は私も社長とどっこいどっこいの天邪鬼野郎なもので、人様に「○月○日って私の誕生日なんだー」っと宣伝したり、祝ってもらったりという事が極端に苦手であります。恥ずかしいのです。
しかし祝ってもらって嬉しくない人間などいるはずありません。
が、ライラはちょっと前まで固くなにそうした「イベント」を拒み続けるかわいくない女でありました……
何と彼氏の誕生日すら覚えられなかったのです。
親友、家族のものも覚えきれず、あきれられること多々。
そして学びました。
祝ってもらいたいならば、祝えと。
何を世捨て人みたいにふるまってるんだ、と。
それに、人を祝うって楽しいですよね。
別に見返りが欲しいとかじゃなくて。
そんな想いをこめて書いてみました。

last updated/10/11/03

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