last updated/10/12/08
抱かれている、というよりも。 あたしの両腕の上から机に向かうその長い腕は、別の作業に夢中の様子だった。 きっと、「区切り」がつくまで、本当にあたしの事なんて放っておくつもりなのだろう。 この人はそういう男だ。仕事の為なら何だってやるし、「どんな状況」であろうとも……そのスタンスを変えるつもりはない。 ほら、何だか電話で忙しそうに話し始めたし。 あたしの膝の横の引き出しが開いて、取り出したファイルを捲る音までする。 ――そっちがその気なら、あたしだって「その気」になりますよ。知らないから。 そう、心の中で呟くと。 あたしはあたしの心の中の、秘密の扉を押し開いた。 固く瞑った瞼の裏で、あたしは想像する。 ここは所属事務所の社長室なんかじゃなく、ましてその所有者である社長サンの膝の上なんかでは決してないんだと。 ――そう、これは「ちょっと変わった椅子」なんだと思い込むことにした。 座り心地の悪い椅子。 不安定で今にもずり落ちそうで、それでいて微妙なバランスであたしの下半身を支える。 表面には艶やかな革のかわりに、硬い線で形作られた冷ややかな布地が貼り巡らされ。 仄かな薫りの下から伝わる人肌の温もり。 右腕をそっとその硬い「背もたれ」に巻きつける。 硬いのに、僅かに弾力のあるそれがあまりにも気持ちよくて、思わず頬を摺り寄せる。 ……と、不思議なことに「肘かけ」の部分がするすると髪を撫でてゆく。 まるで、誰かにあやされているような緩やかさで。 自分でも子供っぽいことには自覚があるし、それがコンプレックスでもあるのだけれど。 そんな風に撫でられると――余計に思考回路が幼くなってしまいそうだ。 心地良く揺れる揺り籠にゆすられて、あたしはウトウトと「あたし」の意識を手放してゆく。 単純な欲望のままに動く、まるで赤ちゃんみたいに。 さっきからしくしくとお腹の下が疼いて仕方がない。 食欲に少し似ている、与えられてもまだ満たされない感覚。 それを満たすために――あたしは右手の中指を舐め、たっぷりと唾液を塗りつける。 先程僅かに侵入された部分は外気にさらされて冷たく縮んでいる――その隙間にそっと差し入れ、押し開いてみた。 くちゅっ、と、音にならない音が、下着と「椅子」の表面の間でした様だった。 膣なかは……びっくりするくらい、熱い。 まるで――内臓みたいな、柔らかさと生々しさ。 思わず人差し指を薄い布地の上から擦り付ける――軽く触れただけで、ぴりっと痺れるような感覚が足の指先まで走り抜けてゆく。 あたしは背をのけ反らせてその感覚を受け入れる。 すると髪を撫でていた「肘かけ」の部分が腰のあたりを支えてくれた――便利な椅子だ。 さっきまで無視しようと、逃がそうとしていたその感覚を…… 今は捕まえて、抱きしめて、舐め尽くしたい気分。お腹いっぱいになるまで。 甘い匂いを胸いっぱいに吸い込んで、脳の奥までとろとろに揺れる。 揺れながら、ゆっくりと、中指を上下に動かしてみる。 その瞬間、じんわりとおしっこみたいな液が溢れ出すのがわかった。 まさか、と思わず身じろぎしてしまうような感覚。 湿っていた下着は完全に濡れてしまった―― ああ、本当に、赤ちゃんみたいだ、あたし。 甘い痺れに漂いながら、替えてもらう下着もないままに、揺り椅子の上であたしは泣く。 誰にも聞こえないように、小さく、小さく。 ふっと、朧げな意識の狭間に、綺麗な指の形がフラッシュバックした。 紅く蠢く、艶やかな舌先の動きまでもが。 いつもあたしを好きなように取り扱って、確実に追い詰める――彼の、指と、舌と、声と、視線を思い出す――無邪気に気持ちよくなっていた心がざわざわと震え出す。 ――実際に、彼の腕の中にいるはずなのに。 とても変なことに、あたしは完全に別の世界で彼を想像しながら、感じていた。 いつかの記憶を引き寄せながら、指を動かし、腿を震わせていた。 「……っ、ん、……はっ……ぁ」 声を出しちゃダメだ――外には誰かが……と、意識が蘇りそうになる度に。 それまで静かなだけだった椅子のお尻の部分が妙な角度で押し上がってきて。 ゆっくりと抜き差しする指の動きを煽るようなその動きに、嫌でも呼吸が荒くなる。 そして再び落ちてゆく、椅子の上で我侭に振る舞うコドモの世界へと。 ふっくらとしていた部分が、引き攣って充血しているのが、見なくてもわかってしまう。 思い切って、下着ごと、小さな芽の付け根の部分を軽く捏ねてみたら―― 「ひぁっ……ぁぁんっ!」 ああ、まずい。 椅子の背に押し当てていた口元がだらしなく歪んで。 涎で汚してしまう――きっと後で怒られる、に、違いないのに。 止まらない。まるであの指の動きみたい。いつかあったように。あの大きな掌が、あたしの制服の上を這い回り、シャツの上から痛いくらいに押し潰してくる。潰すほどないだろ――と、軽く馬鹿にされながら――ブラをずり降ろして、確かに文句言えない程控え目な胸の先端を引っかかれる――触れるか触れないかの微妙な間隔で、擦り付けられる。シャツの上から直に、円を描くようにして、時々は摘まれたりしているうちに、段々乳首が硬くなってきて―― ……と。 想像しながら――実際には、あたしの左手がそう動いている。 右手は相変わらず、太腿の隙間で一番気持ちいい箇所を執拗に苛めている。 あたしはどんどん前のめりに椅子にもたれる――と、ふいに高くお尻が突き上げられた。 「あっ」 『……チビちゃん、ちょっとやりすぎ』 頭の中で、呆れた様な低い囁き声がする。 ああ、でも、だって。 ガクガクと内股が痺れる。 いつの間にかグチュグチュと粘り気のある音だけが聞こえる。 やだ、すごく、きもちいい。きもちいいよ。 お腹の奥がズキズキする。 もっともっとと欲しがって泣いている。 突き上げられた椅子に擦り付けながら、更に指を奥まで潜らせてみる――あの人程長くないそれは、思ったように動かない。届かない。一番欲しい部分がどこなのか、自分の欲望のはずなのに全然わからない。だってあたしはただ受け入れていただけだから。知らないフリをして、たっぷりと与えられていただけで――どれ程それを必要としていたか、今更こんなにも思い知らされるなんて。 ああ、何て――もどかしいんだろ。 いや、こんなのいやだ……して、触って欲しい、直接、あの手で。指で。 腕で――抱きしめてよ、あたしを、見て、あたしだけを――我侭で、お子様の、ちっぽけなあたしを……誰よりも身勝手に、その一番近くに繋ぎ止めて、欲しいの。お願いだから。 もう――これ以上、放っておかれるのは、あたしは……あ、っ……きそう、いきそう、ダメ……いく、いっちゃうよ……って、言ったら、また笑うの?馬鹿だなって、わらう? ねえ、速水さん、はやみさん、はやみ――さん…… 「ッ、あ――はっ、ぁあぁぁあっ……!!」 椅子――じゃない、速水さんの、ネクタイをきつく噛みしめながら、あたしはイッた。 張りつめていたものが一瞬で弾け散って、一気に身体が弛緩する。 あんなに熱かった身体が急にゾクゾクと冷えてゆく。 少しだけ捕まえることのできた快感の余韻に浸る暇なんてない。 それが空しさにとって代わるのも、もうすぐだろう。 今にも口から飛び出すかと思った程暴れ狂っていた心臓の音が静まるにつれ。 無意識のうちにボタンを外していたシャツの隙間にある右手や、早くも冷たく不快な感覚がリアルになってきた股間に充てた左手も、酷く間抜けな感じで。 あたしは……もう、涙も出なかった―― 馬鹿みたいに空しい想像と快感に溺れている間に、一番欲しかったそれは、その人は、無関心に別世界を向いていたのだ。これ以上に惨めで、哀しいことなんてあるわけない。 「――おかえり」 「……え?」 ぼんやりと、ようやく顔を離した。 ずっと眼を閉じていたせいで、ゆっくり瞼を開いてもまだ辺りがぼんやり霞んでいる。 汗と涙と涎で濡れて、更にそれが乾いて酷い状態のあたしの頬を、さらっと撫でられる。 両手で包まれている―― 嘘みたい、この人が……速水真澄が、こんな風に、優しく微笑むなんて。 「少々時間がかかったが――ちゃんと一人で出来たな。いい子だ」 背後から突き差す、痛い程の紅。 一瞬ごとに濃くなってゆくその光が、彼の全身を縁取ってキラキラ輝いている。 冷血漢だなんて、今のこの人にはまるで似合わない言葉みたいだ、とあたしは思う。 「今後は――どうしても俺が構えない時は、そうやって一人でしてろ。 今みたいに、俺の事だけを考えながらな」 ちゅっ、と、額にキスされた。 それから、ぎゅっと抱きしめられた。 待ち望んでいた、甘く切ない圧迫感に骨を軋ませながら――あたしは変な呻き声を上げた。 ――何だろう、何か、間違ってるような気もするんだけど。 やっぱり単純に丸め込まれてるだけ、利用されてるだけなんだろうけど。 でも、もういいや――この、切なくて苦しい、訳のわからない感情の何もかも。 委ねる程に信用できる男じゃないってわかってるけど、でも今のその笑顔だけで。 みるみる満たされてゆく、身体とは別の部分の、心の隙間が。 ――すぐに、また痛み出すってわかっているのにね。 「……区切りは?」 俯きながら、スカートの裾を元に戻した。 「まだ」 「――じゃ、帰ります」 「何だそれ――新手の嫌がらせか、チビちゃん」 「ええ?」 するっと、膝の上から滑り降りたあたしの腕を取って引き寄せると。 ようやく書類の束から完全に離れた速水さんは、机の上に片肘を突きながらある部分を指示して言った。 「最初から区切りなんてある訳ないだろ――本編はここからスタートだぞ」 「は……ゃ、きゃあっ――な、何見せてんですか変態っ!」 「はあ?男の目の前でマスターベーション出来る様になった女の子が、正常な男の反応見ていちいち悲鳴あげるな、そういうのをカマトトって言うんだよ」 「カマ?何ですかソレ、死語です死語」 「いーや、古語だね。元々江戸時代の遊郭で使われた――」 「ああ!また始まったオジサンのウンチク劇場!もういいです、ホント、いい時間だし、お邪魔しましたっ」 あたしは素早く机の反対側に、つまり社長室の入り口側に回り込むと、床の上に放り投げてあった鞄を拾い上げた。シャツは皺だらけだけど、ブレザーを着てダッシュで抜ければ秘書課の人たちに変な目で見られることもないだろう、きっと。 ――と、その時。 プルルルルルル…… うるさいです、と言わんばかりのコール音が響き渡り、あたしも速水さんも一瞬硬直した。 スピーカーフォンにした受話器の向こうから、いつも変わらない水城さんのクールな声が響く。 「真澄様――お客様がお待ちですが、如何されますか?」 「客?アポ無しはチビちゃん以外お断りのはずだが――誰だ」 「志田玲奈です。お約束ではなかったのですか?」 「――いや。いつから来てる?」 「15分ほど前から。お取込み中かと思われたので待って頂いておりましたが」 「成程ね。もう大丈夫だ、通してくれ」 「了解しました。マヤちゃんは?」 「まだ用事が済んでない、構わないから通せ」 電話を終えた速水さんに向かって、あたしはしどろもどろになりながら突っかかった。 「ちょっと、用事って――あたしはもういいです!大体、その志田さんの事でここに来たのに……鉢合わせしちゃうじゃないですかっ」 「いい機会だ、面と向かって彼女に言えばいいだろ。このオトコは自分が先にツバつけといたから近寄るなってね」 顎の下で両手を組み合わせてニヤニヤ笑いながらのたまう姿に、再び怒りがわき起こるのを感じた――本当に、何考えてるんだろ、この男ときたら! 「ふざけないでっ!そんな事――」 ――コンコンコン。 重厚なドアを柔らかく叩く、ノックの音。 前にも後ろにも身動きが取れなくなり、あたしは馬鹿みたいに口をパクパクさせて狼狽える。速水さんは忍び笑いを何とか押し殺すと、仕方がないとでもいう様子で肩をすくめ、足元を指差した。 ……まさか、と思うけど。 でも、顔を合わせたくないのは確かだし――ああもう、知らない! 一瞬の躊躇いの後、思いっきりしかめっ面で睨み付けると、再びその足元に回り込み、机の下に潜った。 その瞬間、その向こうでガチャリとドアが開く音がして―― あたしは、息を潜めた。 END(…気が向いたらto be continue^^;).
last updated/10/12/08