第8話


寂れた建物の一角、黴臭い暗幕の向こうには―― 身を突き刺さすかのごとく、激しく儚く燃える、星々の群れ。 「プラネタリウム・・・?」 呟くと同時に、思わず足元が揺らぐ。 「大丈夫か」 「ええ・・・」 ただ首を上げたまま、呆然と立ち竦む。 「すごい星・・・眩暈がしそう」 マヤは手のひらに、じっとりと汗をかくのを感じる。 「座ろう、立ち見は首が疲れる」 大きな真澄の手に誘われ、闇をそっとかき分けて進む。 緊張した指先を包み込むそれは限りなく優しく、温かい。 半ドーム型の室内の、天井から壁の一面がスクリーンになっていて、 斜めに広がる座席の上から三列目に並んで座る。 闇の中の劇場空間で並ぶのは、今日で二度目。 だけど今目の前にあるのは、緞帳の向こうの煌びやかで泥臭い人間の世界ではなく。 人口のものとわかってはいるのに、否、だからこそ一層壮絶に輝くのか。 物言わぬ星星の静かな瞬きにただただ、圧倒される―― 「――子供の頃、よくここへ来た。  福留さんの店から足が遠のいてしまってからも、度々」 「宇宙空間に・・・浮かんでるみたい。  何だか自分が・・・ゴミみたいですね・・・」 「そう、ここに来ると自分がどんなにちっぽけな存在か思い知らされる――」 と、そこで室内のスピーカーが震え、くぐもった音で女性のアナウンスが流れる。 真澄は口を閉じ、じっと半身を後ろにもたげた。 ――区立文化会館プラネタリウムへようこそ。   これより皆様を、昼の都会から遠く離れて、   壮大なる宇宙の旅へとお連れいたします。 アナウンスと同時にスクリーン一杯の満天の星空の一角がクローズアップされ、 その中にぽつん青い地球が浮かんだ。 そしてその緑と茶色の大陸の一角、竜の背骨のような列島のさらに一角、 夜の東京上空へと視点が転換する。 次に画面が切り替わり写るのは、やや古い映像の街並みと行き交う人々の姿―― だがそれがさほど今と違っているわけでもない。 10年前も、20年前も同じように、人は生まれ、泣き、笑い、 争ったり愛したりしながら、それぞれの死を迎える。 宇宙の永い永い営みの中では、ほんのゴミ以下の取るに足りない時間の中で。 ――星の光は地上からはとても弱く、   都会の空ではスモッグやネオンの明かりで見えにくいかもしれません。   ですが大気圏のはるか彼方には今も満天の星が輝いています。 画面は都会の仄暗い空から徐々に澄み切った空へと変化する。 「まずは基本の星座を見つけてみましょう、皆さん、どれがどの星かわかりますか?」 真澄がアナウンスにかぶせて囁いた。 何年も前からこの映像とアナウンスは変わっていないらしい。 だがひっくり返った宝石箱の中身のような星々は皆それぞれに存在を主張して瞬き、 どれがどの星なのが、どれをつなぎ合わせればどんな星座になるのか、 自分の力で見つけ出すのは案外難しいものだ。 「あ・・・あった、北斗七星!?」 じっと画像に目を凝らしていたマヤがはっと呟く。 同時に星と星の間に青い線が走り、見事七つの星を繋いだ柄杓が夜空に浮かび上がる。 ――北斗七星は星の案内役。   かつて船乗りたちは方角を知る手がかりとしてこの星を眺めました。   また、春の星座を探す手がかりとしても是非覚えておきたい星の連なりです。 柄杓の頭の二つ星をつなぎ、五倍伸ばしたところにあるのが北極星。 一年中、北の空で動かない星。 さらに周辺の星をつなぎ合わせてできる、大熊座。 月の女神アルテミスにより熊に変えられてしまったニンフと、息子の小熊座が共に輝く。 再び柄杓の今度は柄の先をカーブして伸ばした先にある、 オレンジ色の星が牛飼い座の一等星、アルトゥクス。 時間と共に大熊座を追いかけるように西に移動することから、別名「熊の番人」。 「けどどうみても牛飼いの猟犬が熊を追っかけて  引きずられてるようにしか見えないだろ?」 星の上にぼんやり浮かび上がるふたつの星座絵を指し、真澄が面白そうに呟く。 成る程、いささかゴツイ星座絵がくるくる回転する様はどことなく奇妙で、 マヤも思わず頬を緩める。 アルトゥクスからさらに先にある、白い星のスピカ。 つなぎ合わせて現れるおとめ座は、麦の穂を持つ大地の女神、デメテル。 黄泉の王ハデスに娘を奪われ、悲しみの余り彼女が洞窟に篭ると地上の草木は枯れてしまった。 全能の神ゼウスの命により地上に返される娘ペルセポーネ。 だが彼女はハデスの策略により黄泉の国の柘榴の実を四粒食べてしまう。 よって一年のうち四ヵ月間は娘が黄泉に帰ってしまう為、 その間地上は草木も枯れ果てる冬となる。 ――冬、冷たい澄み切った空気により、最も星が鮮やかに見える季節。 南の空で一際目立つ赤い星、ペテルギウス。 周辺の星をつなぎ合わせて、三ツ星を抱いたオリオン座が現れる。 その三ツ星を伸ばした先に牡牛座のアルデバラン。 牡牛座の背で固まる星の群れがプレヤダス星団、またの名を昴。 三ツ星を反対の東方向に伸ばした先に大犬座のシリウス。 これと子犬座のプロキオンをつなぎ合わせて浮かび上がる、冬の大三角形。 一見無秩序に見える中次々とその姿を現す星座たちに、静かな星空が急に賑やかになる。 マヤはその度に目を凝らし、小さな歓声を上げ、溜息をつく。 今まで知らなかったものが急に頭の中浮かび上がった時の興奮というものは、 お芝居のことで悩んで悩んで・・・何かをつかんだ瞬間の興奮にも似ている、と思う。 そうしているうちにふと、隣の真澄の横顔に気がつく。 (――私も、お芝居してる時はこんな感じなのかな・・・?) 薄暗がりの中に浮かぶ、いつもなら人を寄せ付けない程の冷たい美貌が、 その時はまるで少年のような貌だった。 瞳が輝かせ、うっすらと唇を開けて、身動きひとつつせず、息をすることすら忘れて。 隣のマヤのことも今は暫し意識の外にあるのかもしれない。 いつも意地悪で手厳しくて勿体ぶって、そして悔しくなるほど大人ぶった大人のこの男。 それでいて――多分、誰よりも優しいこの男が。 子どもの頃は何度も何度もここに来て、 どんな思いを抱いてこの満天の星の下に立っていたのだろう。 圧倒されるようなこの星の群れの中で―― ・・・どれ程の時が流れたのだろう。 だがそれは実際はほんの30分足らずの時間だったのだ。 星の瞬きが消えて、照明はガランと空いた観客席を照らし出し、 灰色のスクリーンが視界に立ち塞がる。 宇宙の只中から突如東京の街、人工物の塊の中へと落とされる。 その奇妙な感覚にたゆたいながら、恐る恐る隣を窺ってみる。 ――今多分、ふたりとも同じ貌をしている。 「・・・では、北島マヤさん」 大分経ってから、真澄はゆっくりとこちらを見つめ、口を開いた。 マヤは不意に現実を取り戻し狼狽する。 また、手のひらにじっとりと汗をかいている。 悪戯っぽい口調を崩すことなく、真澄は薄い笑みを浮かべて続ける。 「紫の薔薇の人は、今度の舞台で貴女に何を贈りましたか?」 「う・・・バ、バラの花を・・・沢山、と・・・」 「それから?」 「舞台に招待してくれて・・・すごく美味しいケーキと、  福留さんに会わせてくれて・・・それから・・・星空を」 真澄の視線が、何か言い忘れたことはないかと焦るマヤの顔に落ち、それから喉元に滑り落ちる。 「その前に?」 「その前・・・え、昨日より前ですか?」 「そう」 「初日からずっと花をもらって・・・あ、あ、そうだこのネックレスも頂きましたよね!  服はちょっと前に贈っていただいて・・・ええっと・・・その・・・」 早口で喋りながら、そういえばアンナの舞台でネックレスが似合うと褒められたことを思い出す。 からかい口調で言われたのでつい軽い調子で流してしまったが、 もしかしてもしかするとコレは大変高級なブランドの凄い贈り物だったりするのではないか、 それに気づきもしないで平気な顔をしているのが気に入らないのではないだろうか、 と、急に首に爆弾をぶら下げてしまったかのように眉をしかめ、あたふたと身を竦める―― その一挙一動の意味が手に取るようにわかってしまうので、 真澄は微笑からお馴染みの含み笑い、そして高笑いをもはや堪えようともしない。 「ごめんなさい、私・・・あれ?もう、本当に、何で笑うんですか?  ・・・もういいでしょ?教えて下さい!!」 「何を?・・・と遊びたいところだが、これ以上勿体ぶったら噛み付かれそうだしな」 そうやって目尻の涙を拭う振りをしてみたのは、思いもよらぬこちらの緊張と興奮を隠す為なのだ。 「ではそのネックレスを貰った時の事を教えてもらえないか?」 「・・・これは、初日に・・・速水さんが持ってきてくれましたよね、舞台の後に。  私、凄くびっくりして・・・それからちょっと悲しくなって・・・あ、その、  てっきり紫の薔薇を持ってきてくれるのかなって・・・」 最後の言葉はどうしても尻すぼみになってしまう。 マヤはきゅっとネックレスの王冠とリングを握り締める。 時は『ふたりの王女』初日へと遡る―― マヤの贈った初めてのチケットで招待された真澄は、 カーテンコールの後そのまま舞台裏へと向かった。 観客は口々に亜弓のオリゲルドを誉めそやし、マヤのアルディスの美しさに驚嘆して騒いでいた。 その熱狂する観客をかき分け、足早にロビーに出る。 そこには既に自分の名によりマヤへと贈られた、 亜弓や他の共演者にも引けを取らないほど華やかな薔薇の花輪が並んでいた。 だがその中には、確かに紫の薔薇はなかった。 観客以上に、誰よりも感動しまた興奮しているのは他でもない自分だったはずだ。 桜小路は途中で席を立ってしまったが――まあわからないでもない。 が、それ以上に目を離さずにはいられないほど彼女は輝いていて――美しかった!! あれを、あの少女を・・・ 幕が下りた今、誰よりも先に駆け寄って抱きしめたいのはこの自分なのだ。 そして最初の贈り物を。 また一歩、大きく成長した彼女に・・・ 紫の薔薇の人として、初めての薔薇を贈る。 楽屋裏へと続くドアを開ける。   大都芸能社長の姿を認め、だれもが緊張し、道を開ける。 そして辿り着いた彼女の楽屋―― 「北島マヤ様」と示されたその部屋のドアの前に立つ。 ここまで辿り着くのに・・・なんと時間の経ったことだろう・・・ 緊張に身が震えないよう、目を閉じて・・・真澄はドアを開けたのだった。 「ごめんなさい・・・私、あんまり願いすぎなんです。  速水さんが紫の薔薇の人だってわかって、だったら今度こそ・・・って、  でもネックレスが気に入らなかったとかそんなんじゃないんです!」 だから、呆れちゃわないで。 子どもだって笑わないで、キライにならないで。 だって、やっぱりあの薔薇は特別だから。 自分でもわけがわからないくらい、それがあるだけで生きてゆける。 それくらい大切な花だったから。 マヤは顔を手の中に埋めるようにして泣く。 熱い涙はぼろぼろ指先を伝い、握り締めた小さな王冠をしっとりと湿らせる。 その手に指を伸ばす。 冷たく、小さな手のひら。 涙まみれの大きな瞳がおずおずとその指を見つめる。 暖かく、大きなてのひら。 それが涙に少し濡れて、きゅっと優しく包み込む。 「・・・もう少し、思い出せ。俺はその時、何と言ってこれを渡した?」 ドアを開けると、そこにはまだ光の王女が静かに佇んでいて。 マヤ、と名前を呼んでみると――ようやく、こちらを振り向いた。 たっぷりと時間をかけて、やっとそこに大都芸能社長の速水真澄にして 紫の薔薇の人の存在に気づき、ぱっと頬を高潮させる。 ああ、今、抱きしめてしまっては駄目なのか? 彼女はもう大人になりかけてる、そのたおやかな姿を腕の中に留めておくのは… 今では、そしてこの俺では・・・駄目なのか? ――何度も何度も衝動と戦って、そしてようやく搾り出した台詞。 『…どうぞ、この薔薇を受け取って下さいませんか?』 「覚えてるじゃないか・・・」 「でも・・・だからちょっと変だなって・・・そして小さな箱を、速水さんがぽんって渡して…」 「だから、紫の薔薇。ちゃんと渡しただろ?自分で」 「えっ・・・!?」 マヤはぎょっと手のひらの中を凝視する。 その上に重なった真澄の手のひらが離れ、すっと首の後ろに回る。 以前贈った濃い青・・・紫にも見えるサテンのワンピースは襟ぐりが丸くひらき、 白く細いマヤの首元から鎖骨までのシルエットが綺麗に浮かび上がる。 真澄はそこに細々と連なる小さなチェーンの中心の留め金を器用に外す。 するりと、ほんのり暖かいネックレスが首元から離れる。 マヤは身じろぎもせず、真澄の手のひらの中を見つめる。 物音ひとつしない館内の、シートの隣と隣、ふたりだけ向き合って。 手品師が種を明かす時のように、長い指が王冠に触れ、それからリングに触れる。 「・・・取り扱い説明書とかちゃんと読まないタイプだろ、君は」 「カードならいつも何度でも読んで・・・ちゃんと覚えてますっ  ・・・う、美しく清らかなアルディスでした・・・  大人になった貴女に初めての薔薇を贈りますって・・・」 もう、いても立ってもいられない。 真っ赤になったまま、震える声で応えると、からかうような口調でまた言う。 「ほら、薔薇にカード、完璧だろう?  問題は、君の注意力が足りない場合のことを俺が想定していなかった点にある」 「・・・だからごめんなさいって・・・も、もう、ホントに噛みつきますよっ」 たまらなくなって涙を拭い、きっと睨みつけてみせる、でもすぐ困った顔で俯いてしまう。 だってその目は・・・反則だ。 どうしてそんなに優しい目で見つめるのだろう。 どうしてこれが――ネックレスが、薔薇の花を贈ったことになるのだろう。 「そんな顔をするな、ちょっとした遊び心だったんだよ」 「え・・・?」 「そりゃ素直に薔薇の花を渡すのが――  筋というか、君もその方が喜ぶのはわかってたんだが  ちょっと驚かせてやろうというか、もっとスマートにいこうというか」 いや、いや・・・ 今になって、いや今だからこそ今度はこっちが猛烈に恥ずかしくなる番だ、 と真澄は胸の内でいささか焦っている。 ここまできてまだ気づかないとはどういうことだ? 軽い遊び心もそこに隠した深い意味も、 タイミングを外して打ち明けると何とも間が抜けて落ち着かないものだ。 「だから・・・ちょっと想像してみろ、  いくらなんでも舞台上からロビーに廊下、楽屋裏までビッシリ紫の薔薇に覆い尽くされてたら変だろ?しかも贈り主は俺だし」 「・・・別にちっとも変じゃないですよ」 「あ、そう・・・」 「あ、あ、でも速水さん社長さんだし、私なんかに紫の薔薇を贈っていたのがわかったら――」 「そんなことはどうだっていい!  ・・・だけど俺は「滅茶苦茶沢山」紫の薔薇を贈るつもりだった、そう約束しただろう?」 「うん・・・」 「で、初めて手渡す紫の薔薇を死ぬほど沢山贈るにはどうすればいいか。  俺の腕に収まらないほどの薔薇の花だぞ?君ならどうする」 「・・・これ・・・これって・・・?」 ようやく何かわかりかけた気がして、 マヤは真澄の手のひらの上にちょこんと乗った王冠を凝視する。 細部に渡り見事な細工が凝らされたシルバーの王冠。 中央が丸く膨れ、その先にはミルククラウンの粒のような小さな飾りがついている。 そしてその内部は透き通ったクリスタル――の、中に浮かぶ小さな泡粒。 「・・・知ってるか?  1ミリグラムのローズオイルを抽出するのには1トンの薔薇の花びらが必要なんだ。  これはまあせいぜい5ミリグラム、それでも5トンだし・・・十分だろ?」 クラウンの先端を人差し指と親指で摘み軽く捻ると、音もなくそれは離れる。 そして・・・ふっと二人の間に漂う、甘い香り・・・ 真澄はそっと王冠の下部を摘み上げ、マヤの目の前に差し出してみせる。 「香水・・・紫の薔薇の、香水ですか!?」 「すぐ気がつくと思ったのに・・・カードの裏に書いてあっただろ、  夏場の保管は冷蔵庫で、でもできるならその前に使い切って下さいって。  天然100パーセントのフレグランスは防腐剤を使ってないから常温じゃまずいんだよ」 「そんな、そんなの・・・ネックレスを冷蔵庫に入れろって、  何で速水さん変なこと言うんだろって思って・・・」 マヤは息を呑み、再び泣き出しそうになりながら、 指先の小さな王冠…から漂う薔薇の香りと、真澄の顔を交互に見やる。 「そう、だから勿体ぶった俺が皆悪い――最初にちゃんと言っておけばよかったな。  おまけに思いついてみたはいいものの、今回はこの容量で精一杯だったし」 溜息をついて、王冠を頭上にかざす。 マヤには絶対言わないが、ただでさえ希少な紫の薔薇を大量に準備するのは結構骨の折れる仕事だった。 さらに、マヤのイメージで一流のパヒューマーへ調合を依頼したのが一年前のこと。 それがたまたま今回完成して届けられ、そのまま贈るよりはと急遽コレを特注した次第だ。 「まあ、気に入っていただけたなら・・・改めてちゃんとした香水瓶に入れて贈るが。  気に入らないなら、普通にアクセサリーとして使用するなり何なり」 「そんなわけないっ・・・とても、とっても嬉しい・・・です!  ・・・香水なんて初めてだし・・・だ、大事につかいますねっ」 「大事に使っちゃ駄目だろ、この容量だしもう蓋開けちゃったんだから。  できることなら夏までに使い切ってくれると有り難い。・・・手を出してみろ」 人差し指の腹を先端につけ、軽く傾ける。 差し出されたマヤの腕をひっくり返し、細い手首の内側に擦り付ける。 「わ・・・すごい・・・いい香り!」 香水など、勿論今までつけたことなどない。 デパートの香水売り場は、コスメや宝石のそれと同じで、 側を通り過ぎる時は流石にドキドキするものの 近寄って試してみたいという誘惑にかられることもなかった。 だけどそれは一度試してみなければ決してわからない誘惑なのだ、と今初めて悟る。 初めての香りに包まれて、不思議な興奮に刺激される。 まるで魔法にかかったかのように・・・ 今までの自分とは違う自分が、胸の内から現れる。 涙の痕の残る頬は高潮したまま。 濡れた瞳がまず自分の胸の辺りに、それから真澄の瞳を見つめ返す。 「私にはちょっと大人っぽい・・・ですか?」 「そんなことはない・・・よく、似合ってるよ」 再びその反対側の手首をとって擦り付けてやる。 トップは勿論、ローズ。 ミドルにオレンジブロッサム、ガーデニア、ジャスミン、イランイランがきて、 ラストにほんの少々のムスクが加わり、優雅さの中にも女性の危うさを醸し出す。 ――そのまま腕をとって、香りごと抱き締めてしまいたい。 ああ、今わかった、何故香水にしようと思ったのか。 これは・・・きっと癖になる。 花を贈るのとはまた別の、奥深い、密やかな・・・愉しみとなる。 彼女の空気、彼女の香りを感じるだけで――普段と別の自分が奥で蠢く。 ・・・と、普段と違うマヤが半身を傾け、真澄のシャツの胸元に頬を寄せる。 「あ・・・これは速水さんの匂い・・・」 そっと目を閉じる。 いつもの香りだ。 忘れようもない、あの香り。 「そしてこれが私・・・香りって、近づくと混ざっちゃうものなのかな?」 「試してみるか?」 シートの隣と隣、そんな肘掛ひとつの間などとうになくなって。 ・・・え、と開いたふたひらの唇に、薄い唇がそっと重なる。 外に出ればいつもと変わらぬ夜の東京、人口の光の狂ったような円舞に星も見えない。 だけど本当はその向こうには、今も満天の星が輝いている―― 砂漠が美しいのは、どこかに井戸を隠しているからで。 肝心なことは、目に見えないものなのだ。 END. web拍手 by FC2

ぷはーーー!!毎度毎度、ながーーーーいながいお話にここまでお付き合い下さいまして本当にありがとうございました!
この話の前作『if』はキリリク作品でしたが、この『if×if』も別の方からのキリリクによるものでした。
当時も今もキリリクにより成り立ってるようなサイトですね〜^^;
「何故紫の薔薇を渡さなかったのか」という第一話の謎を、自分でもいまいちわからんままにw見切り発車してしまった為、種明かしがかなり無理矢理感ありますが・・・
この為だけに薔薇と香水について調べまくったのを覚えておりますww
基本的に「原作の重箱の隅を突く」系のパロがスキなので、ある程度原作に沿わせながらところどころ超マイ設定、という話ばかり書いていた気がします。
再熱してからはエロスを主軸に置いたのでまた違う感じになりましたけどね^^;

そして「思い出の味」の辺りは元ネタ、というかちょっとした思い出があります。
この作品を書いたのはハタチ時分の頃だったのですが、当時付き合ってた彼氏の実話を元にしております。
彼は中学生の頃に母親を亡くしたのですが、すごく料理がお好きな方で、自分で作ったレシピが沢山残っていたそうです。
で、彼にとっての「思い出の味」というのがメロンパン。
作中の速水氏と同じように、彼もさんざん、レシピを見ながらメロンパンを作ったそうですよ。
でもやっぱり思い出には勝てないんだよなぁ・・・と呟いたのが当時すごく印象に残ってて。
文さんのエピソードを挟むにあたって使わせてもらったのでありました。
その彼も大変な料理好きだったので、別れた今、私にとっての思い出の味も沢山ありますね〜^^
散弾銃入りの鴨肉とか・・・はは!!

さてさて、ブログの方でもお伝えしましたが、本作をもちまして暫し秋まで更新を休止いたします。
理由は現在とある資格試験のために必死こいて勉強しているのと――ブログにも記しましたように、ガラカメ熱が一旦収まった、ということによります^^
再熱したのが一昨年の10月でしたので、約一年半、本当に楽しい思い出ばかりです!!
仲良くして頂いた皆様、いつも遊びにきて頂いた皆様、本当にありがとうございました^^
試験が終わりましたら、なんとまあ未だ完結していない!1万ヒットキリリクの『蒼穹』及びいくつかのストック作品、
そして旧サイト時代に連載して放り投げていた「勝手に完結編」、これらを年内にUPして当面の二次活動をお休みしようと思います。
それまではブログの方も残しておきますが、その後は閉鎖する予定でおります。
あ、当サイトの方は残しますよ〜!多分絶対また再熱すると思うので・・・4年後くらいにw
次のオリンピック頃にまた思い出してみてくださいwww
っといわけで、まずは秋まで、ひとまずばいちゃ〜!!^^/

last updated/12/6/10         

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