第5話




本作品には以下の傾向を含みます。

暴力/流血/マス×マヤ以外のCP

今回、マスマヤ以外のCP描写が含まれます。
おまけに妊娠設定ですので、そうした設定に不快感を感じられる方は決して閲覧されないで下さいね><;
何でもどんと来いついてくワ!な方のみ、こそっとご覧下さいませ。


天井から床まで届く大きな窓―― 隙間なくぴったりと閉じ込められたその一室に漂う歪な空気を切り裂くように、地を這い天を舞う神女の声が響きわたる。 『誰じゃ……私を呼び覚ます者は誰じゃ――』 「森の木霊か 夜の静寂か――いや、これは血の匂い」 女神の声に重ねるように、低く呟く男の声。 長い脚を組み替えたその時、纏っていた紅梅色の打掛の裾が乱れ、肌が垣間見えた。 深い海の底のような照明の中で、それはまるで魚の死体のように白く滑らかで、血の気がない。 「ぁっ……」 男が横になっていた長椅子から腰を上げる。 と――その脚の間に蹲っていた白い身体がごろん、と床に崩れ落ちた。 男はそれに一瞥すら与えず立ち上がると、そのまま窓の傍までゆっくりと歩いてゆく。 心臓から広がる無数に張り巡らされた血管のように入り組んだ東京の街―― その末端、地上遥か彼方に位置する窓から見下ろす男の口元は薄い微笑を湛えたまま、淀みなく天女の台詞を紡ぎあげてゆく。 「まわるまわる ぶつかりながら はじけながら  あらゆるものを破壊してふくれあがり……」 だん、と拳を叩きつける。 瞬間、足元にひれ伏していた半裸の男が顎を蹴られて小さく呻き、そのまま縋るように顔を上げた。 四つん這いの背中には無数の傷跡と何か火のついた煙草の先でも押し付けられた様な火傷の跡が一面に広がっている。 それも古傷からたった今ついた傷まで様々だった。 端正な顔立ちの、まだ若い男だったが――頬の肉はげっそりと痩せ細り、眼だけが異様に輝いていた。 今自分を蹴り上げ、長時間に渡りその身体を虐げてきた男への心酔も顕に。 「ああ、白狼――私は、私はもう我慢が出来ません」 身体中に痣をつくり悶えながら、男はうっとりとした口調で言った。 全身が興奮に打ち震え、性器も欲情に固く反り返っているのが異様な光景である。 発する言葉は日本語ではなく――かなり訛りの強い北京語であり、彼は台湾人だった。 白狼、と呼ばれた男は何の感情も浮かべない瞳で呟く。 「我慢?何の我慢だ――意地汚いばかりで何の価値もないお前などに私が何か与えるとでも思ったか?」 「そんな……何もかも捨てて私は貴方を選んだというのに――  この日本まで、貴方をお守りすることだけに心を砕いてやってきたというのに、あまりにも酷いお言葉でございます」 「……それで私を煽っているつもりか?  お前にはもう飽きた――さっさと私の眼の届かぬ所へ消えろ」 白狼――も、また、先程すらすらと呟いていた日本語とは全く違う言語で男を嘲笑する。 彼は厳密には台湾人ではない。 父親は日本人であり、母親は北京生まれの北京育ちだった。 が、彼は幼少の頃から祖父の住む台湾で徹底的に叩きこまれて育ってきたのだ―― 台湾全土を牛耳る中華系マフィア、青道幇(ピンダオパン)の次期幇主としての生き方を。 ほっそりとした身体つきに肌理の細やかな肌、そして一重に切れた漆黒の瞳。 まるで女性のように繊細な美貌の持ち主だったが、すらりと伸びた脚に高い位置の腰骨、鋭く尖った肩のラインは紛れもなく男性のものだった。 だがその瞳に浮かぶ残忍な色合いや薄らと半開きの唇が、そうした彼の美点に影を落としている。 打掛の襟元を手繰り寄せながら、白狼は静かに振り返る。 広い壁一面に備え付けられた巨大な液晶画面の表面に、墨を流したように艶やかな闇が広がっている。 その上辺――舞台中央に一筋の光が差し込み、紅天女が現れる。 天と地の狭間で人の世を憂う、美しき千年の梅の木の精霊。 その唇が次なる言霊を紡ぐ手前で、白狼はリモコンの一時停止ボタンを押した。 画面越しですらひしひしと伝わる空恐ろしいまでの神秘性と緊張感が、そこで完全に停止する。 一幅の絵の様に佇む天女に、白狼はそっと指を伸ばす。 艶やかな表面を撫でるようにして、その額から唇までに一本のラインを刻む。 「歓喜と胸を裂くような深い悲しみ―― その本当の意味を、貴女は知っているのか……?」 愛すれば愛する程、同じ振れ幅で憎悪する程の恋を。 本当に――知っているというのか……画面越しではわからない。 だからこそこうしてはるばる、“本物”に会いにやって来たのだ。 舞台を降りた彼女は呆れるほどに「普通」だと、半ば揶揄される程の女の真実を見極めるために、この国へと。 ――コンコン、と。 奥の扉が軽くノックされる。 浮き沈みの激しい彼の機嫌が今や最悪だ、という事を敏感に悟った男の姿は既に消えていた。 扉が開き、姿を現したのは背の高い女だった。 長い黒髪を肩の下まで伸ばした、骨の太い、お世辞にもあまり美しいとは言い難い女。 だが美醜はこの場合問題ではないのだ。 彼女――彼、は、四年程前から白狼の身辺を警護するようになった彼の祖父の子飼いの部下で、名を郭琳という。 「白狼、彼女の支度が整いました――如何されますか」 「支度?何の支度だ」 「今宵のパーティーに帯同されるのでしょう、あの女優を」 「女優――ああ、そう、女優ね。そうだった――  パーティーには……彼も勿論来るのだろう?  何年も前から準備してきたんだ、彼はきっと来るな?」 どこか子供染みた口調で、白狼は首を傾げた。 そうすると、滑らかな絹糸のような黒髪がさらりと流れて白い額が顕になる。 その瞬間だけは冷酷な瞳も優しげに、あどけないといってもいい様な表情を浮かべるのを見て、どんな時にも決して表情を変える事のない郭琳は内心複雑な笑みを浮かべた。 「ええ――必ず参りますとも。彼は必ず参ります……ですから、白狼も早くご支度を」 「ああ……その前に、彼女をよく見ておこう――  少しは――女優、らしくなったのかな、あの娘は」 クッ、と口角を上げて笑うと、再び冷酷な表情へと移り変わる。 白狼は裸足のまま毛足の長い絨毯の上を大股で歩き、郭琳が入ってきた扉の向こうの部屋へと向かった。 先程よりもやや明るめの照明に照らし出される豪奢なホテルの一室。 その化粧台の前に置かれた椅子の上に、マヤがぽつんと座っていた。 極上のシルクで仕立てられた薄桃色の旗袍、チャイナドレスはぴったりとあつらえたかのようにその身に張り付き、長い黒髪は高く結わえられている。 ただでさえ化粧映えする小さな顔は、派手さを押さえた上品なメイクにより美しく仕上げられており、その変貌ぶりには白狼も小さく感嘆の声を漏らした程だった。 だがその眼は――茫然と何も見てはいないかのような虚ろな瞳の奥には深い悲しみと不安が宿っているのは明らかで、化粧で覆い隠せない目元の赤みは涙の跡に違いない。 「確かによく似合っているが――この色ではやや物足りないな……  あの男をちょっと驚かせてやりたいんだよ。  同じデザインで黒地に赤紫の牡丹柄のドレスがあっただろう?あれに替えてやってくれ。  それから――驚いたな、化粧ひとつでこうも変わるとは」 鏡越しに背後からじっくりと観察し、後ろに控える郭琳に采配する口調は先程の子供っぽい口調が嘘の様に淡々と的確である。 すっ、と顎に伸びたその指先に、それまでじっと微動だにしなかったマヤの肩がビクリと動いた。 だが、それ以上に抵抗することもなく、必死で鏡の向こうの白狼の瞳を見つめている。 白狼が今、素肌に纏っている打掛はかつて真澄がマヤに贈ったものであった。 大都の衣裳部屋で『紅天女』の公演の時のみに使用される衣装として大切に保管されているはずのそれを、何故か彼が身に着けている。 鏡越しに遂になった二人の姿は、まるでよくできた人形の様に美しかった。 「確かに美しい――あの男が結婚した、と聞いた時には耳を疑ったがな……  舞台の上で一真に微笑む様に、今宵の貴女もあの男の前で笑う事が出来るのか――  心から、楽しみにしているよ……マヤ――」 クククッ、と短く笑うと。 白狼は突然、マヤの顎を引き掴んで無理矢理顔を引き上げた。 恐怖に見開かれる黒い瞳に、同じ漆黒だが淀んだ海の底の様な白狼の、憎悪に満ちた瞳が映り込む。 マヤの頬に細い指が食い込み、薄く重ねられたルースパウダーが爪で掻き上げられる。 「楽しみだ――本当に、楽しみだ……私の意のままに微笑む貴女を見た時の彼の顔が!  考えただけでゾクゾクするよ――堪らない」 マヤの唇が戦慄き、何とか声を振り絞ろうとする。 だが、立ったり座ったりという姿勢は維持できるものの、自らの意志で動く事が全く出来ないのだ。 白狼はまるで本当の人形のように硬直したマヤの肩を引き上げると、部屋の中央に据え置かれたキングサイズのベッドに乱暴に横たえた。 そこに再び、指示されたドレスを手にした郭琳が姿を現す。 「白狼、彼女の支度は――」 「見ればわかるだろう、私が直接する――そこに置いて出てゆけ」 動かないマヤの襟元のボタンを引きちぎらんばかりの強さで外しながら、白狼は笑った。 「お言葉ですが白狼、お時間の方が……」 「煩い!私がする、と言ったらするのだ。  あの男の気が狂う程美しく仕立てあげてやる――!!  何を見ている?醜いお前でも興味があるのか?面白い――何なら混ぜてやっても構わんぞ」 「遠慮させて頂きます――では、支度を整えておきますので、ご準備ができましたらお声かけください」 郭琳は深々と頭を下げると、化粧台の上にドレスを置いて静かに部屋を立ち去った。 扉を出る瞬間、ベッドの上から救いを求めるように向けられたマヤの視線にぶつかった。 が――郭琳にとって彼女はまさに白狼の人形、玩具のひとつに過ぎなかったので…… ただ黙って扉を閉めた刹那、部屋の中には引き攣ったような笑い声と無言の叫びが広がった。 web拍手 by FC2

last updated/11/23/

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