第8話


ざああ…

 

激しい雨の音にマヤはふと目を覚ました。

頭が少し重い…けれど、それ程でもない。

くしゃくしゃの布団の中にぽつんと座り込んで、まだぼんやりした頭で昨日の記憶を思い出す。

カーテンが閉まって外が見えないが、窓の外は…大雨だ。

 

 

(えっ…夕べって、私…)

 

 

はっと、飛び上がる。

 

 

「あっ…比嘉君…!?」

 

 

周囲を見回す、がどう見ても自分の住むオンボロアパートの一室に相違ない。

頭の上の蛍光灯が白々と光っている。

 

 

(嘘っ…ぜ、全然覚えてないっ)

 

 

店に入ったところまでは覚えている。比嘉と、速水真澄と、三人で…

――速水真澄。

そうだ、あいつも一緒だった、何故か。でも…

 

 

呆然と立ち尽くした足元、お茶のペットボトルと洗面器の間に(幸い使用された形跡はない)

折りたたまれた手紙に気づき、慌てて手に取った。

 

 

『マヤ〜!!今日はありがとうね!!

 でーじ面白かったよ〜!

 もう時間ないから先にいこうね、飲みすぎ次から気をつけなさいよっ

 じゃあまた会おうね〜!』

 

 

よほど急いでいたのだろう、

何かの切れ端に本当に殴り書きでそれはしたためられていた。

 

 

「比嘉クン…もう行っちゃったんだ…」

 

 

じわっと、涙が目尻に浮かぶ。

なんて情けないんだろう、あんなに一緒に楽しかったのに、

最後の最後で見送ることもできなかったなんて。

 

…と、その時。

 

 

「やっと起きたか、この酔っ払い」

 

「え」

 

 

ふいに、とんでもないところからとんでもない声が降りかかる。

ぎょっとして振り返ったそこに立っていたのは…

 

 

「げっ 速水真澄…な、何してんのっ!?」

 

「何して…って君は…比嘉が出発するまでピクリともしなかったくせに

 誰がここまで連れてきてやったと思ってるんだ?」

 

 

シャツの腕を肱までまくったまま溜息をつく。

そう、実はあれからまだ2時間しか経っていない。

マヤはあっけにとられてその姿を見つめたままだ。

 

変だ…絶対おかしい。

なんで「あの」速水真澄が…自分の部屋の中に立っているんだろう、それも…

 

 

「あーあ、どうしてくれるんだ…

 オートクチュールの背広がゲロまみれに…」

 

「えっ、えええっ…嘘!?ご、ごめんなさ…」

 

 

真っ青になった後、真っ赤になって、マヤはあたふたと腰を浮かせた。

 

 

「悪い、言い過ぎた。ちょっと濡れたものだからそこで乾かしてるだけだ」

 

 

成る程、指差したそこの壁のハンガーに、

黒い大きな背広がぶら下がっているのにようやく気づく。

よく見れば…癖のある、色素が薄めのその髪の毛も雨にすこし湿っているようだった。

 

 

「え…も、もうっ…何でそんないつも…」

 

「もう大丈夫だな。下で水城君を待たせてる、そろそろ出よう。

 一応、女の子の部屋にこれ以上いるのもマズイだろうし」

 

 

まだぽかんと自分を見つめるマヤを尻目に、

真澄は上着を羽織ると狭い部屋を一跨ぎで玄関口まで進んだ。慌ててその後を追う。

軽く靴に指をかけ、トン、と履くと、ふと振り返る。

見下ろされる形で…それも何かくすぐったい視線だから…マヤは思わず目を逸らしそうになる。

 

 

「比嘉だが、再来月にも東京に来るそうだぞ」

 

「えっ…ほ、ホントに!?」

 

「ああ、お蔭様で無事契約ゲットだ」

 

「お蔭様…?」

 

「ああ、それはいいとして…」

 

 

ふと何かの表情を堪えるように顔を振って、改めてマヤに向かう。

最後に、比嘉が耳元で呟いた言葉が頭を掠める…が、何とか飲み込む。

 

(――何とでも言うがいいさ、今はこれだけで精一杯だ、今の俺には。)

 

ふう、と息をついて、

それから――一言だけ。

 

 

「次の芝居…楽しみにしてるから――気合入れて頑張れよ」

 

「あ、は、はい・・・」

 

 

ふいに浮かんそのだ笑顔が、あまりに優しいから。

比嘉の屈託のない笑顔ともまた違う、まるで何もかも包み込むように笑うから。

ほら、戸惑ってしまう…変だ、絶対。

速水真澄のくせに…何でだろう…

 

マヤは奇妙に飛び跳ねる胸の鼓動を抑えて、

ぼんやりと廊下の先の階段を降りてゆく真澄の背中を見つめていた。

最後に、少しだけ振り返ったような気がした…けれど。

低いエンジンの音が遠くなって、後に残るのはただ雨音ばかり。

降り込められた小さな部屋の中で、何か新しい感情の気配に首を捻りながら…

再び小さく布団の中に潜り込む。

 

 

明日になったら、絶対比嘉クンに電話しなくっちゃ。

 

再来月…また、会えるんだ。嬉しいな…

 

 

ふと、再び眠気が襲ってきて視界が暗くなる。

今はまだ知ることのない感情、その予兆の言葉は――

比嘉の最後の台詞は、破り取られて真澄の手のひらの中にある。

 

 

『ホントはさ、速水サンはマヤのことがだーいすきだし、マヤもたぶんスキでしょ?

 二人とも気づいてんかもしれんけど…後でまた教えてねえ〜!』

 

 

(――どこまで能天気なんだ、あの男は・・・)

 

真澄は精一杯眉間に皴を寄せながら、くしゃくしゃになって湿ったその紙切れを眺めた。

が…そのままポケットの中に収め、ぼんやりと窓の外を見遣る。

 

雨粒がさらさらと窓を横切ってゆく。

ざあああっ、と雨音を掻き分けて。

次の舞台で彼女に会えるのはいつになるのだろう。

想いをはせながら…ふいに重くなった瞼を閉じ、真澄は一瞬の夢に落ちていった。




END.


うにょーん…またしても…長っ!!!

ふうふう、40,000ヒットをフミフミしていただいた○○○○様、

やっとお披露目かないました〜><

設定の詳細は比嘉クンがオキナワンボーイである点を除いて一応リクにそえたかとは思うのですが…

>思いっきり彼に嫉妬させてくださいませ。

こ、コレがいまひとつな気がしますっ…申し訳ありませんっっ;;

しかしながら、大変楽しく書かせていただきました♪
これからもどうぞ宜しくお願いいたします!!(^0^)/
 
2005.6.25 ☆☆☆☆ 


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お待たせいたしました、ぶつ切り連載(『蒼穹』には及びませんが^^;)これにて終幕です。
最早コチラは梅雨も明けきってしまいましたよ――暑い暑い、次は夏パロだね!!><;
ところで、当時の後書きで「長い」って言ってるけど最早この程度の長さが当たり前になってますね。SSと言いながら平気で長編だったりするし。
さて、実は明日また引っ越します。ハハ〜これで何度目だよww新しい仕事先。一応光ケーブルは通ってるんですが、超離島です。更に南下します。
パロる時間は流石にかなり厳しくなりますが、夏休み辺りドカンとUP目指して地道に更新しますので、どーぞよろしく!お願いします!!

    

last updated/11/06/13

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