第1話


巷では今、特に10代から20代の若者を中心に 大ブームとなっている「言葉」があった。 それは… 「ラブ、どっきゅ―――ん!!!」 リモコンを押したとたん、 突如聞き覚えのある、いや常に頭から離れることのない 愛しい恋人の声が大音量で飛び込んできて、 速水真澄は思わずソファから転げ落ちそうになった。 画面に映るはもちろんマヤ。 今や舞台にテレビにCMにと引っ張りだこの人気女優、 北島マヤその人である。 いや、特大インチの液晶画面の向こうの彼女の今の名は「大島かおり」。 大企業の受付嬢である彼女は、 豪放快活かつ恋に命を懸けるハイテンションガール。 だがいつも肝心なところで大失敗をしでかして、 その恋が発展したためしがない。 会社を訪れる、また合コンで出会う素敵な男の子を見つけては 懲りずに何度も恋をして、 その、恋に落ちる瞬間の決め台詞がこの 「ラブ、どっきゅ―――ん!!!」 …なのである。 両手を組み合わせ、人差し指を立てて胸の前で構え、 ピストルを発射するように、茶目っ気たっぷりにポーズをとる。 この台詞と、若手監督の手による斬新な画像センス、 加えてマヤのコミカルな演技が大いに受け、 低予算で作られる深夜の実験系ミニドラマであるにも拘らず視聴率はうなぎ上り、 ゴールデンタイムに移動するのも時間の問題、という番組であった。 勿論、マヤの専属事務所社長である真澄がそのことを知らなかったわけではない。 秘書課の女の子たちが休み時間にふざけて遊んでいるのを見たこともあるし、 これが今年の流行語大賞にノミネートされるのでは、というような噂も聞いている。 だが、実際にマヤが演じている様を目にするのは初めてである。 放送時間が深夜2時過ぎということと、 当のマヤが恥ずかしがって絶対に見せてくれないのだ。 「だから、ドラマが駄目なら本物がみせてくれれば早いだろ」 と何度か頼んでみたのだが、 「あれは『大島かおり』だからできるの!  …私にはできませんっ」 と真っ赤になって返される。 まあ、そのうちに…と思っているうちに 今夜がそのドラマの最終回だというではないか。 そこで忙しい時間を縫って早めに帰宅、 慢性寝不足の身体に鞭打って目覚ましをセット、 夜二時、テレビをつけたら…という次第である。 ちなみに今夜はマヤはスタジオに泊り込みで撮影中、 邪魔されることなく存分に視聴できる。 場面はちょうど、かおりが最後の恋に落ちたところ。 とはいえ、それは放送第一回に登場した 3歳年上の会社の上司で、こっぴどくかおりを振り、 以来「バカ女」とことあるごとに彼女をからかっていた男である。 だがかおりのいい所を一番よくわかっていて、 恋の相談に乗ることはなくとも 影からそっとその恋を支え、守っていた男。 そのことに気づいたかおりは最後の恋に全てを賭けて、 決め台詞を発射、彼に向かってゆく…というものだ。 画面いっぱいの…マヤであってマヤではない女の子の笑顔。 可愛く拗ねる様子、ベソをかく仕草、地団駄を踏む様。 どれもこれもが可愛らしく、愛らしい。 おまけに 「ラブ、どっきゅん」 ときたもんだ。 ぼんやりソファにもたれてその様を眺めながら、 心中穏やかならぬ自分に気づいている。 (…なんだこれは…こんなマヤが今この瞬間、全国の男共の目の前に…?) いや既に『紅天女』という、 一度その舞台を見たら誰もがその天女に恋に落ちる、 とまで言われる舞台で主役を張る女優なのだ。 公演中の真澄の…マヤへの恍惚感と焦燥感… は自分でもどうしようもないくらいで、 公演休みに入ると思わずほっとしてしまう位なのだ。 人気女優を恋人にしている以上、 ひとつひとつの仕事に対して悶々と…嫉妬していてもキリがない。 キリがないとわかっていても…である。 『きゃっ、何よキリコさんってば… 修平さんと何でもないとか言ってたくせにいいっ』 とこれは、恋する上司にアプローチ中のライバルを見かけて叫ぶ台詞。 CGで、マヤの頭がメドゥーサの蛇頭になる。 こういう演出が受ける要因のひとつでもあるのだが。 『散れ!!そこの女の子たちっ  散りなさーーーーーーーいっ!!!』 嫉妬モードオンで、 ライバル達の頭の上からホースで水を撒くかおり。 だが自分の足でそのホースを踏んでいたため、 嫉妬の蛇は勢いよく跳ね上がり、彼女自身が水浸しになってしまう。 そんな濡れ鼠のかおりを見て、修平が一言。 『君はいつまでたっても…チビちゃんだな』 (…!!!!) 先程から握り締められたリモコンを 遂に真澄は床に滑り落とす。 (…誰だ監督は…俺の台詞をよくも…) もしやマヤが口を滑らせたのか、 それを監督が面白がって採り上げたのか。 いやいや、ただの偶然だろうが、それはそれで全く…腹立たしい。 こらマヤ、そんなので…顔を赤くするんじゃない!! 君がそんな顔をするのは俺の前だけで十分… と、遂にクライマックス登場。 『私は、修平さんが好きなんですってば!!  さいしょっから、そう言ってたでしょ! !』 涙目で、会社の屋上で絶叫するかおり。 あっけにとられる修平。 (…キスしたら殺す殺す殺す…) …いや、馬鹿な、これはドラマなのだ、そしてマヤは女優。 それを一番よく知っているのは他ならぬ俺自身ではないか。 とイライラと脚を組み直し…冷静さを取り戻そう… としたその瞬間。 (…やりやがったなあああああっっ!!!) 我慢も限界、 ワイド画面でうっとりキスをするマヤと相手役の俳優のアップ。 見るに絶えず、 あの子を愛しているなら最後まで観るんだな… の名台詞もどこへやら、 リモコンを蹴り飛ばし…てしまったので、 ご自慢の長い脚を伸ばし主電源を切ろう…とした瞬間、指先に走る衝撃!!! 運動不足が祟ったか無理な姿勢でそんな行儀の悪いことをしたせいか、 みごと右足をつってしまう、大都芸能社長・速水真澄… 激痛と苛立ち、情けなさで涙目で床をのたうつ、 その頭上でマヤが幸せ一杯の笑顔で叫んだ。 『あなたのハートも、らぶどっきゅん!!!』 web拍手 by FC2

ああ…遂に…恥を忍んで公開してしまいます…コレを(涙)
あまりのアホっぷりに最も忘れたかった過去作品でした…
忘れちゃいけない凄いオマケがついきたのもすっかり忘れ去って…
…がしかし!ある意味パワーアップして再録再録ゥッ!!(o゚∀゚o)
詳細はまた明日(笑)

    

last updated/05/01/31

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