第2話


その翌日。 すこぶる機嫌の悪い鬼社長のオーラに恐れをなし、 社内はピリピリと殺気立っていた。 水城だけがその原因を察知し、ひっくり返って大笑いしたいのと同時に、 子どもより性質の悪い八つ当たりに溜息をつく。 「真澄様、申し訳ありませんが 今夜はスケジュールの変更はききませんので」 昼に念を押すと、とんでもない目で睨まれる。 やれやれ…だ。 そしてその夜。 怒っても仕方ないこと、そもそも怒るのが間違っていること、 重々承知だがならばこの苛立ちはどこへ持ってゆけばいいのだ、 と真澄は落ち着かない気分を抱えたまま帰宅する。 近頃とっくに自分の帰る家となっている、マヤのマンションへ。 マヤはもう戻っているだろうか。 八つ当たり…はもう、昼の水城のきつい釘刺しでさすがに反省したので、 ならば赤面して息ができなくなるいくらいに甘えてやる!!!! みてろよマヤ!! と勢い込んでインターホンを…押してみるも、反応がない。 (まさか…今夜も留守か!?) 金属のドアを蹴り上げそうになるのを抑えつつ、 上着の内をかき回して鍵を取り出す。 ガチャリ。 と、開けた室内は…やはり真っ暗だ。 舌打ちしながら電気をつける。 リモコンが、夕べ蹴り飛ばしたそのままに転がっている。 昨日から帰宅していないことは間違いない。 今日も撮影なのだろうか? それならば何故何の連絡もない? もしやメールでもきてたとか…と プライベート用の携帯電話の電源を入れてみる。 何度センター問い合わせをしてみても、ないものはない。 ぶち切れる寸前、落ち着け…と心に言い聞かせながら…マヤの番号を押す。 (取れ…早く!!) と、プツッとコール音が途切れ、 「マ…」 と声を出しかけた瞬間、 『只今おかけになった電話番号は、 電源が切れているか電波の届かない所に…』 (…もう一度たっておかけ直し下さいだと…待てるか!!) 一度決意した真澄の行動は早い。 すぐさま水城にかけなおし、 マヤのスケジュールと現在のドラマの関係者の情報を要求する。 呆れながらもさすがの水城、こうなることを予測し昼のうちに押さえていたらしく、 淡々と応えてみせた。 (…ったく何時だと思ってんのよ…このお子様!!) と怒鳴りたいのを堪えながら… だがその様子にも気づくことなく、真澄はパソコンに届いたメールのリストをざっと確認、 すぐさま会社用の携帯で方々に連絡を取り始める。 こんな時間に、突如かけられてきた社長直々の電話、 しかもえらい剣幕のその様子に、かける先々すくみ上がった。 これはまた、一体北島マヤは今度は何をしでかしたんだ…と。 そう、今はまだ一部の関係者以外誰も知らない…のである、 この鬼社長と長年衝突している女優の交際を… 何人目かのADに繋がったとき、 やっと今夜のマヤの所在が判明する。 「え、ええっと、今夜は初顔合わせってことで、  スタッフと役者さんで飲み行ってますよ! 北島さんも加わってるはずです、確か」 「どこだ!?」 「恵比寿の…どこだっけ、折り返しかけ直しますので」 慌てた様子で電話を切ったその若い男は、 すぐさまかけ直してその店の名前を告げる。 礼もそこそこにその電話を切るなり、部屋を飛び出し車で走り出す真澄であった。 その店はすぐに見つかった。 飲み屋が立ち並ぶ一角の、チェーン店ではあるが、 いい素材を手頃な値段で出すのでいつも満席御礼の居酒屋である。 「いらっしゃいませえーーーーっ」 と、この手の居酒屋特有の叫び声を上げる受付店員。 つられて店内の方々から 「っしゃいませーーーーっ」 「っしゃいませーーーーっ」 と妙に男気臭い挨拶が飛んでくる。 だが真澄はそんなものをひと睨みで、 「…奥座敷で、20人ほど宴会してるだろう。村瀬、という名前で」 と低く呟く。 受付に出た、ガッツリとアイメイクを盛り込んだ女は、 突然駆け込んできたちょっとこの店の雰囲気には合わない風貌の真澄を上から下まで眺めつつ、 「はい!ご案内いたしまあーす」 とにこやかに微笑んだ。 その先頭に立って進む彼女を思わず追い越しそうになるのを堪えつつ、真澄は歩く。 何をするか…何を言おうとするのか… 正直自分にもよくわからないのだが、 もはやここまで来た以上何が何でもマヤを引き離して 家まで引き連れてやる…と心の中で呟きながら。 そして、 「こちらでございます」 と導かれた座敷の障子に手をかけた瞬間、 「ラブ、ラブ、ラブどっきゅん!!!」 ものすごい掛け声が沸き起こり、 思わず息が止まる。 そっと開く…そして目に飛び込んできた光景は… 「はーーーーーーーーいいい!!  じゃあ今度はサイトウ君の番ーーーー!!!」 「コップ、空だよーっ ビール注いじゃって、ほらマヤちゃん」 「はいはいはーーーーい!お注ぎしますよ〜〜〜」 今や絶好調に乗った一座。 その中央で、一気飲みを指名されたらしい男。 見覚えのある、そうあれは今度のドラマの共演者。 その隣にいるのは… 真っ赤な顔で、にこにこ大笑いしながらビールを注いでいるのは… 勿論、昨夜からの真澄のイライラの根源である、 北島マヤその人であった。 …しかも。 「じゃあコールはラブでいくよーっ」 「マヤちゃん、じゃなくてかおりちゃん、いいかなーーー!?」 「もっちろ〜〜〜ん!」 「本物がいくよ、本物のコール!!みんな構えて〜〜」 「はーーーーーーいっ!!!」 全員が構える。 そう、この台詞が一躍若者の間でブームとなっているのは この飲み会コールでぱっと広がった理由によるものでして… 「今夜は、あなたを、落としてみっせる☆  らぶ、らぶ、らぶ・どっきゅん!!  らぶ、らぶ、らぶ・どっきゅん!!  らぶ、らぶ、らぶ・どっきゅん!!」 お決まりの台詞、お決まりのポーズで、 一気飲み指名者が飲み干すまで全員で大合唱である。 可愛らしい台詞を本命の男の子にノリで言えてしまう、ということも重なり、こうした場では定番となったこのコール。 しかもブームの火付け役本人がいるのだから、盛り上がらないはずがない。 何度となく繰り返される「らぶ、どっきゅん」。 そして飲み干した男。 「お疲れさまーーーーーっっ」 「ゴメンね、大丈夫?」 と、これはマヤ。 「大丈夫大丈夫、サイトウ君みごとマヤちゃんにーーー」 「落っとされましたーーーー!!!」 うわっと盛り上がる輪。 そっして赤い顔のマヤと、ふざけて胸を抑え倒れる男。 と、誰かが振り返る。 障子の側に立つ…どうもこの場の雰囲気に合わない、 背の高い男に首をひねり…そして数人がまた気づく。 「あれ…誰?」 「スタッフ…じゃないよね」 「場所間違えてんじゃ…」 「…げっ」 と、その中の一人が目を丸くする。 誰もへったくれもない、 それは、この場にいる全員の上司も上司、最も頂点に立つ男。 大都芸能社長・速水真澄ではないか。 「北島は…いるな」 ぎろりと、 その足元で口をあけるスタッフの一人に呟く。 「は、はい…」 おいマヤちゃん、と小波のように顔がマヤへと向かう。 シンと静まり返る座敷。 ひとりきょとんとするマヤは…鬼の形相の真澄を視界に捕らえると… 「あーーーーーーーーっ 速水さんっっ!!なんでここに!?」 その頓狂な声に、 抑えに抑えた感情がプツンと切れる。 「なにがなんで、だ、この阿呆!!」 「あ、阿呆って…何、何ですかそれ!?」 馬鹿より酷くない、 と言いかけたマヤに向かってずかずかと進む真澄。 そしてその腕を引っ張り上げる。 「なっ、ちょっと、何するんですか!!」 「うるさい、この馬鹿!!」 「はあ!?」 「はあ、じゃない、さっさと来い!!」 「どうしたってゆうんですかっ  私、今飲んでるんですけどっ」 「見りゃわかる馬鹿」 「馬鹿馬鹿言わないでよ馬鹿っ」 あっけにとられる一座の横を、 訳のわからない言い合いをしながら 引きずり、引きずられる二人。 その視線に気づき、ほんの少し残っていた理性で真澄は怒鳴った。 「一大事だ!!えらいことしでかしてくれたな、北島!!」 「はっ?」 ピシャリと閉じられる障子。 緊張した室内は…ほっと緩みながら、皆口々に呟くのだった。 「…マヤちゃんまた何かしでかしたのかな…」 と。 web拍手 by FC2

すいません、絵チャ後に倒れ伏して起きたのついさっきなんです^^;
最終話は…日付変わって余裕があれば丑三つ時に!また寝ちゃったらすいません!!

    

last updated/05/01/31

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