第1話



未公開の長編パロのスピンオフです。
スピンオフを先に出す、という不思議な公開の仕方ですが、設定は何となくわかるかと思います。
軽微ですが、エロのスパイス程度の暴力表現がございます。

 

僅かに顔の筋肉を動かして瞼を開ける――ただそれだけの行為が、酷く面倒だった。 けれど、そうしなければならなかった。 途端に始まるあの泥のような時間に、行為に、心底怯えながらでも確かに待ち望んでいた。 だからあたしは……必死で、瞼をこじ開けた。 おぼろげな視線の先には、見慣れた壁の色。 清潔で冷たい、白い壁。 大都芸能社最上階、社長室―― あたしは床の上で手足を縛られたまま転がっている。 長い間正座をするような姿勢で蹲っていたせいで、両脚の感覚は既にない。 背中の骨がギシギシ軋む。 皮膚に食い込む紐の周囲は、痛いというよりむしろ痒いような。 そして待ち望んでいた声は、気配は、すぐ後ろからやってくる。 「ようやくお目覚めか」 きい、っと。 椅子が軋む音。 途端に心臓がトクンと波打った。 厚い絨毯の上を歩く足音――猫のようなその気配が、そっとあたしの頭の上に影を落とす。 「腹は減ってないか、ちびちゃん」 まるで嘘みたいなその優しい声に、思わず涙ぐみそうになるのを何とか堪えて。 あたしは必死で睨み付けた。 この角度からは見えるはずもない、背後に立つ彼に向かって、思いっきり。 「……お腹なんて、空いてない。それより、これ外して下さい、今すぐ」 「外したら逃げるだろ?」 「当たり前です!!これって……これって、どう考えても犯罪じゃないですか!?なんで……なんで、こんな――」 叫んでみたら、さっきのとは別の涙が溢れて、止まらなくて、遂に零れてしまった。 さんざんに喚いて非難しようと思ったのに。 熱い喉の奥から絞り出るのは言葉にならない嗚咽ばかりだった。 「なんでっ……そんなに、あ、あたしが邪魔なんですか……?」 ふっと、聞こえてきた掠れるような吐息。 たぶん、あの薄い唇の端がくっと上がって、微笑っている。 泣いて、喚いて、怒って、それなのに……どこかでその冷たい笑顔を期待している、惨めなあたしの心の中を見透かして、速水真澄は微笑っているのだ。 「……ああ、とても邪魔だ」 まるで歌うように、楽しげに言い放つ。 あたしは心にツキン、とヒビが走る音を聞く。 気配がそっと床に落ちてくる――お尻のすぐ後ろに、片膝をついたのがわかった。 「どれだけ諦めろといっても、1パーセントの可能性とやらにしがみ付いてしつこく食い下がる。揚句暴れる、噛みつく、散々だ。君のような女優は――ただ言ってきかせるだけでは制御不可能だとつくづく思い知らされたよ」 ひたっと、冷たい感触にあたしは思わず首を竦める。 まるで氷のような指先が、ぎゅっと猫の首でも掴みあげるかのようにあたしの首筋に回る。 その骨の僅かな動きだけで、彼の次の行動を察知できるようになってしまった――なんて、自分でも認めたくない、のに、いつの間にかそうなってしまったのだ。 五本の指が後頭部から掻き上げるようにして押し寄せたかと思うと、ぎゅっと髪の毛を引っ張られた。 成す術もないまま、痛む背中を反らせる。 涙と鼻水が一緒になったような熱いものが、目頭から喉へと逆流して……痛い。 その痛みを堪えるフリをして、あたしはきつく瞼を閉じた。 そこにある、逆さまの顔を見つめる勇気なんてこれっぽっちも残ってはいなかったから。 「あなたなんかの……思い通りになんか、ならないから」 「そうだろうな、君はいつだってそうやって小癪に俺に楯突いてのし上がってきた。その根性と才能には――感服している、これは本当だ」 ふわっと。 甘い匂いがする――煙草と、香水と、それとは別の、彼独特の薫りが、すぐ近くにある。 途端に、ヒビが走るはずの心臓がドクドクと激しく動き出す。 こんな状況で、こんな風にされて尚。 憎しみ以外の感情を持つべきではないはずの人に、あたしは、どうしてこんなに―― 「マヤ……目を開けろ」 「……嫌。あなたの顔なんて見たくない」 「じゃあ何故此処に来た。こうなるとわかっていて――来たんだろ?  君は俺を憎んでいて、俺も君の事が邪魔……それなのに」 ガクン、と。 引っ張られていた髪が乱暴に突き放たれたかと思うと、あたしの身体は再び元の姿勢を強要された。強い力で背中を押され、両膝の上に顎をぶつけてしまう。 「なのに……どうしてこんなに、興奮してるんだ?マヤ」 「や……っあ!」 彼の目の前に、まるで突き上げるような形の腰――その半分程捲り上がったスカートの中に冷たい左手が潜り込んでくる。 身を捩って逃げようとしたけれど、痺れた下半身はいうことをきかない。 ゾクゾクと鳥肌を立ててゆく太腿、そして背中。 お尻の線をなぞるようにして、その指先は遠慮なくショーツの上へと滑りむ――何故か、もう既に湿り気を帯び始めているその場所へと。 「い、いや……やめ……」 「やめて欲しくないから来たんだろ?君はもう覚えてしまった様だからな―― コレが、どういう意味を持つ行為なのか」 別に特に意地悪だとか、皮肉っぽいだとか、そういう訳じゃない。 淡々と事実だけを述べているような口調。 でも指先は企み深いその性格を覆い隠そうともしないで動く。 何としても声を出さないようにしようと、下唇を強く噛む。 そんな抵抗を軽く無視して、冷たい指先は薄布の上から内部へと侵入してくる。ぴったりとそこに張り付いた布の上から、割れ目に沿って軽くしごかれる……と、もう、駄目だ。 「ん――あ、あ、あ……」 嫌い、といった口から呆けた声が出てしまうのが、我ながら情けなくって。 じくじく広がる淡い快感、その奥は更に強い刺激を求めて蜜を吐き出し始めていて。 あたしは瞼の裏でまた彼の微笑を妄想している――次、どうするのか、わかっている。 数は少ないけれど、過去紛れもなくあったその残像を拾い集めて、あたしは期待している。 そして彼は――彼の指は、期待を決して裏切らない。 「勝手に動くなよ――欲張りな子だ。 俺としても君の思い通りにしてやるのは……些か不愉快なんでね、今回は特に」 ……口ではそんなことを言う癖に。 弾力を愉しむようなその動きはちっとも収まる気配がなくて、淡々としていた口調にはどこか優しさ、のようなものもあるような気がし始めていて。 あたしの期待はどんどん激しく、みっともなく、広がってゆくばかりだ。 張り付いた薄布がずらされて引っ張られたかと思うと、きつく割れ目に食い込んできた。 指先で刺激され、溢れ出る体液に塗れた部分が、外気にひんやりと触れる。 途端に、今更ながら物凄く恥ずかしい、と、思った。 この姿勢、この行為、彼が何を見ていて、あたしが何をしているのか―― 突然目の前に突き付けられたかのようなその事実に、肌がカッと熱く火照る。 だけどそんな戸惑いを嘲笑うかの様に、その指は隙間から奥へと潜り込んできて。 ……あ、くる……や、そ、こに……触られたら……駄目。 ううん、駄目じゃない、きっと、そう。 ――ほら、やっぱり。 じいんっと奥に弾ける、外側とは別の快感。 待っていたの、この熱く甘い衝動を。 敏感になった襞の縁を、あの冷たい爪先が優しく撫で上げてゆくのを。 「んンっ……!」 身体の芯が痺れる。 自分のものとも思えない、甘い声が鼻から抜ける。 脇の下や、密着したお腹と膝の間、首筋に汗が滲むのを感じる。 と、耳のすぐ後ろで「ちびちゃん」と、低い、溜息のような声が響いた。 ふっと熱い吐息を吹きかけられて、同時に彼の匂いがぎゅっと濃縮されて鼻孔に押し入ってきて、興奮や喜び、恐怖や愛情、嫌悪と執着、みたいなもの――無数の裏腹な感情に胸を押し潰されそうになって、無抵抗のあたしに出来ることといったら、ただ頑なに目を閉じ続けることだけだった。 web拍手 by FC2

last updated/10/11/16

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