第7話

 


ワンピースの裾に指をかけ、思い切って頭の上まで引き上げる。
ぴりっと、僅かに引きつった糸の音。
青白い照明に煌々と浮かび上がる、滑らかな肌。
やや意外な事に、清楚なワンピースの下に今夜の彼女は黒い下着を纏っていた。
それが漆黒の髪と肌の白さをより引き立てている。
真澄は片手を伸ばし、下着の上から柔らかく包み込んだ。
ふわり、と受け止めながら沈み込む、滑らかで幸せな感覚。
そのまま指をかけて引きずり下ろすと、レースで切り取られた縁から淡い乳首が顕れる。
マヤは真澄の上にそっと屈み込み、消えそうな声で囁いた。

「……舐めて」

乞われるがまま、啄むように優しく含む。
綿菓子のように柔らかい其処は、真澄の唇と舌に触れると同時に硬くそそり立ち、軽くしごいただけで蕩けるような溜息が零れる。

「脚、もっと上に来い」
「うん……」

床に手のひらをついたまま、ずりずりと膝を使って真澄の胸の上を這い上がる。
仰向けになった真澄の顔の上に完全に覆いかぶさるような姿勢になると、ちょっと躊躇った後、その右手を取って自分の左胸の上に導いた。
少し冷たいその指先に揉まれるのは、最初の頃は少し違和感があって。
そこから快感を得ることができる、なんて初めての時は全然、思いもよらなかった。
自分の胸なんて何度だって触ってきて、腕や足など他の身体の一部と変わらないその器官に、男性がなぜそんなに執着するのかほとんど理解できなかったというのに。
しかし――生まれて初めて自分以外の人間に、真澄に、自分が触れる以上に優しく愛しく扱われて、ようやく理解することができたのだ。
ただ柔らかく心地良いだけではない、その薄い皮膚の下には信じられないような感覚が眠っている。
自分で引き出すことなどまだ出来ない。
それは真澄の掌と指先、そして唇によってのみ目覚め、打ち震えながら開花する魔法の感覚。

「……ぁ、んっ……ああ、や――ん……」

静かな部屋の中に、マヤの声だけが響く。
真澄は目を閉じたまま、口内はゆっくりと……赤子のように性急かつ無邪気に、指先は思慮深く邪に、味わい続ける。
時々、右と左を入れ替えながら――愛おしむように、弄ぶように。
そのうち、床についた細腕がカタカタと震えてくる。
大きな両手は特に悪さをするでもなく、そっと剥き出しの背中を撫で擦り続けている――それが腰の窪みに落ちてくる度に、何故か腰が勝手に前に揺れ動いて、真澄の上半身に擦り付けるような形になってしまうのが恥ずかしくて息苦しくて堪らない――だけど、どうしようもない。

ちゅっ、と、わざと音を立てて乳首から唇が離れる。
はあっ、と、切ない溜息を立ててマヤはへたり込む。
厚い胸の上に蹲るようなその姿勢は、まるで母親に抱き着いた子ザルのようだ。

「……胸だけで、今にもイキそうだな」
「……い、言わないでくださいよ……」

消え入りそうな、半分泣き出しそうな声。

「……っ、や!」
「ほら、こっちには全然触ってないのに。あと3日間、下着付けるのやめとくか?」

どうせ無駄になる――とからかいながら、濡れた布地の上から薄い割れ目に沿って指を走らせた。
途端に、感電でもしたかのように眉をしかめながら身体を跳ね上げる。

「でも――実際、別に此処じゃなくてもイケることはイケるんだぞ」

する、っと惜しげもなくその部分から指が離れてゆく。
マヤは半分ほっとしながら、かがみこんでいた顔を上げて真澄の顔を見上げた。
そこには、「ちびちゃん」に何かを教えようとする時の高飛車な顔と、秘密を共有しようとする時のコドモの顔の両方があった。

「え――そ、そう、なんですか?」
「手のひらの襞や足の裏だけでも出来るらしいし。神秘だな、人間の身体は。」
「足の裏〜?」
「疑わしそうだな。足の指なんて常に何かに覆われてるから、相当繊細なはずだぞ。
 くすぐったいのと快感はほぼ一緒だろ――試しに舐めてやろうか?」

言うなり、ぱっと足先を掴まれてしまい、慌てて身を捩る。

「う、いや、それはちょっと……」

やはり、お風呂に入っていない状態で足先を舐められるなんてのは女の子としては遠慮が先に立つ。
床についていた膝を曲げて、真澄の胸の上で三角座りをするような形で、膝の間からのぞいて睨み付けた。

「何だか、速水さん、最近どんどんヘンタイに磨きがかかってきましたよね」
「別に変でも何でもないって。心理学的には足は性器の象徴らしいし。
 俺が君のを舐めたいと思うのがフェチかマゾかの境目は微妙だがな」
「うげ……もう、やだ、その、そういう……ロコツな言葉遣いしないでくださいっ
 仮にも一応、あなたは紫のバラの人なんですからねっ!」
「それとこれとは別。少女の夢を壊して申し訳ないな」

ふん、と鼻で笑って。
次の瞬間、あっという間に立場が逆転――マヤは床の上に組み敷かれてしまう。
いつもの彼らしい、高慢で綺麗な微笑がマヤを圧倒する。

「ちょっとお喋りしすぎたな。まだ俺が欲しいのか、欲しくないのか?」
「う。あ、もう……欲しい、です」
「じゃあ、誘ってみろ」
「……じゃあ、絶対、笑わないで下さいよ……笑ったら、泣くから」
「なんで笑う」
「既に笑ってるじゃないですかあ〜っ!!
もう、ほんと、まだ時々すっごく殴りたくなるんですけど、速水さんって!」
「くっ……く、は、ははは……いや、すまん、だから……もう、わかった。
 絶対笑わない、笑ったら何でも君の言うことをきいたっていい。約束する」
「怪しいなあ……その言葉、忘れないで下さいよ」
「はい、だからもうお喋り終了。真面目に誘えよ、色っぽく」

やっとのことで笑いを引っ込めて、わざとらしく溜息なんかついてみせて。
仰向けになったマヤの髪をそっと撫でながら、真澄は今度は穏やかに微笑んでみせた。
狡い男だ――どんな時だって、その微笑に自分が太刀打ちできないのを知っている。
途端に胸がきゅんとなって、居たたまれないくらい切なくなって、泣きそうな程スキな事を自覚させられる――溺れきっていると思い知らされる。
そしてその感情の全ては表情に馬鹿正直に出てしまうのだから――

「……大好きです」

どうせ取り繕えないんだから。
正直にそれだけを伝えることにした。
誘い始めがぶっきら棒なそんなセリフでいいのか、と頭の片隅で思いはしたけれども。

「意地悪だし、すぐ怒るし、馬鹿にするし――なのに、優しいし、頼りになるし、カッコいいし、でも実はちょっとコドモっぽくて、そこがカワイかったりするとか――もう、いろいろ反則なんですよ、速水さんは。あたしばっかり好きで悔しいけど、でも仕方ないですよね……本当に、スキでしょうがないんです」

息をつく暇もなく、一気に言い切ってしまうと。
真澄は何とも言いようのない、複雑な表情を浮かべた。
一瞬怒っているのかと思ったほど、緊張したような顔でマヤを見つめたかと思うと。

「恐ろしい破壊力だな――誘ってる、というより、壊しにきただろ」

何を――と問い返そうとしたら、ぎゅっ、と、両掌で胸を掴まれた。
痛みで竦みあがりそうになるのを、強引に抑え込まれる。
大きな掌が弾力のあるそれを押し潰し、摺り寄せ、捻るように撫で回す。
いたい……と、声に出すと同時に、再びざらついた舌に舐めあげられ、吸い上げられる。
抑えたような、途切れ途切れのその息がマヤの興奮を煽る。
真澄の情欲に溺れる顔は、普段とまるで違うその顔は、息遣いは、熱は、マヤを容易く別の世界へと連れ去り、翻弄し、狡い……と感じる間もなく引きずり回して、マヤを別人にしてしまう。
自分でもこんな自分は知らない、と思う。
新しい自分が、真澄によって次々と形作られてゆく――それが泣きたくなるほど気持ちいい。

「あ……触って……もっと、して。
 もっと、なめて、いっぱい……い、あ、はぁっ……」

目を閉じて、もう一人の自分が繰り返すうわ言を、本音を、心の底から絞り出すように呟き続ける。
自分の胸の形を変えてゆく手のひらの上に自分の手を被せて、何の刺激ももらってはいないのに再びツクツクと疼き始める下半身を摺り寄せながら、背筋を逸らしてゆく。
やがてお腹の上に、待ち望んでいた愛しい存在を確認する。
服の上からでもはっきりとわかる、張りつめた真澄の欲望が押し付けられている。
自分なんかに欲情してくれている、という事実が、よりマヤの身の内を熱くさせる。
ああ、それをもっと……摺り寄せて、意地悪なんかしなくていいから、もっと無遠慮に押し付けて、欲しい、あたしの、中に、強く、痛く、たくさん……ほしい。

「速水さん……速水さん、お願い……もっと、して?やめないで、すごく気持ちいい、あたし、ほんとに――ほんとに、この指だけで――あたま、おかしくなりそう……な、くらい、いい――」
「ああ、凄く厭らしい貌だ――誰にも見せられないな、こんな……マヤは――
どうした?腿が震えてきたぞ……ああ、馬鹿……びしゃびしゃだな。これじゃお洩らしと変わらない」
「いやぁ……な、んで……っ、そんな言い方……っ、んんっ!」

喘ぎ声が、今度は真澄の唇の中に埋もれてしまう。
確かに、腰のあたりの床が冷たく濡れている理由は――自分の腿の付け根から溢れ出すもののせいである事くらいは意識できている。
信じられないことに、本当に真澄はそこに全く触れてはいないのというのに。
それでも下半身をマヤの腹の上に擦り付けながら、執拗に胸を撫で回し続ける。
敏感なのは乳首だけかと思いきや、どうやらそうでもないらしい事に気が付く。
胸が高鳴るのに似たような不思議な感覚――
真澄の掌に押さえつけられる度に、薄い肌の下に滲むような快感の粒が広がり、それは瞬時に背中へと伝わって子宮の奥を刺激する。そこに欲しくて欲しくて堪らないはずなのに、胸から得られる刺激はそれとは別の高みへとマヤを誘う……怖い程に真っ直ぐに、間違いなく。

頭を小刻みにふり続け、腰をガタガタを揺らして悶えるマヤに誘われ、真澄もすっかり陶酔の只中へと沈み込んでいる。
昂ぶるものをいなしながら、やめないで、と乞われるままに刺激し続けているうちに、堪らなくなってつい、歯を立てた。
力を入れないように、ギリギリのところで耐えながら。
途端に、マヤは鋭い悲鳴を上げてのけ反った。

「うあっ……あああ、だめ、だめだめだめ、え……う、そ……やあああああっっ」

ぎゅっと、切なく泣き震える下半身を真澄の両脚に絡めながら。
絶頂を迎え、汗と涙と涎にまみれた顔を晒し、胸の上で蠢く真澄の頭をきつく抱きしめる。
紅く熟れた果実の皮一枚下に、小動物のように激しく鼓動する心臓の音を耳にして。
まるでこの身がひとつに重なっているかのような錯覚に真澄は陥る。

「……ほら、胸だけで気持ちよくなれただろ?」
「……うん……」

力の抜けた腕の間から、からかうような、でも優しい視線が届いた。
茫然とした四肢に力が入らない。

「速水さん……」
「何」
「あたしも、もうヘンなのかなあ……こういうのって」
「いや……凄く、可愛い――くて、最高」

興奮の針が振り切れてしまった今、もう何も反応できない、と思っていたのに。
可愛い、なんて無邪気に言われただけで無性にドキドキしてしまうこの心臓は一体何なんだろう。
どこまで好きになったら、どこまで交じり合って気持ちよくなったら、お腹いっぱいになれるんだろう。
食べても食べても物足りない、すぐ欲しくなってしまう貴方がいなくなってしまったら――あたしはほんとにどうなってしまうんだろう……と、マヤはむしろ不安に陥る。

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last updated/10/11/04

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