last updated/10/11/16
震える細い腕は、でも確かに自分に触れている。 自身の恐れを和らげるように、切羽詰まった俺を慰めるように、ゆっくりと、滑らかに。 マヤの掌が俺の背を撫で、腰に落ち、ゆるゆると胸を這い上がり、唇に触れる。 細い指が唇の形をなぞる。 丸い爪が俺の唾液に濡れて光り、頬に僅かに食い込む。 俺は今まで誰にも明かすことのなかった真実を、不完全な言葉に乗せて呟き始める。 「好き――大好きだ、マヤ」 「ずっと好きだった――初めて出会った時から、今まで、ずっと」 ――すき。 開放したのは言葉だけではなく、自分自身なのかもしれない。 好き、と彼女に告げただけで、捻れた固い心がみるみる解き解れてゆく。 信じられない、と見開かれ、涙を零す、その戸惑いや恐れさえも、今は心地良い。 その涙を舐め上げて、吐息とともに再び唇の中で戯れる。 擦り合わせられた太股を割って、内側を幾度となく撫でながら遠慮なく広げてゆく。 既に臍の上まで捲りあげられたスカートの下の、誰にも触れられたことのない場所に、最初の一歩を踏み出してゆく――その瞬間、初めてマヤの唇から官能に打ちひしがれた呻き声が零れ落ちた。 あまりに甘美なその響きに、俺の中の何もかもが弾け飛んだ。 「マヤ……マヤ、マヤ、マヤ」 「あ……ああ、はやみ、さん、速水さん、速水さん――」 「どんな……気分だ?」 「……あたまがいたい」 「俺も――眩暈がする」 「めまい、なんて――あたし、もう、っ……へんに、なる」 とくん、とくんと。 勝手に零れてしまう、この熱いものは何なのだろう。 何を期待して、腰は勝手に揺れてしまうんだろう。 背中の奥と心臓と、皮膚と、目と、頭の後ろ側――全身のあらゆる箇所が悲鳴を上げて、歓びに震えて、みっともないほど物欲しげに速水さんを求めている。 あたしを揉みくちゃにするその腕の強さ。 意地悪に、でも限りなく優しく、じくじくと侵入してくる指の動き。 抑えても抑えてもそこから零れる、厭らしい音。 これは誘っているというよりも、ただ我慢のきかない子供と同じ反応だ。 欲しいものを前にして地団太を踏む子供と変わらない。 「速水さん――あなたに触られるのが――こんなに、いいなんて…… 反則です――どうしたら、いいんですか?」 「なんで反則なんだ」 「あなたは、意地悪で冷たい人でなきゃダメなんです――こんな風に、されたら…… 一度だけでいいって思ってたのに――あたし、凄く勝手なこと考えちゃう」 「何を考えてる、マヤ?こんな事を……俺ともっとしたいって、そう思ってるのか?」 ふいに高く膝を持ち上げられ、マヤは小さく声を上げた。 指で蹂躙され尽くした秘所からはシーツの染みになる程の体液が溢れ出て、そのまま太股を伝って後ろまで流れてゆく。 彼女の衣服も俺の衣服も全て取り払われ、ただ二つの我侭な肉体しか有り得ない。 既に熱く張り詰めた自身を、脈打つ桃色の蜥蜴の上に喰ませてみる。 くちゃっ、と淫靡な音を立てて、濡れたそれは僅かに俺を受け入れた。 その瞬間、先端から走る痺れるような快感。 それ以上に進み入ろうとする腰の衝動を何とかやり過ごす。 マヤは無意識に首を横に振っている。 片膝の裏に手を差し入れたまま上半身を折り、小さく喘ぎ続ける唇を自分の唇で塞ぐ。 長く重苦しい夜の狭間に夢想していた肉体と、行為が、今まさに腕の中にある。 もしかしたらあの夜の電話から続く夢なのではないかと、自身の狂気の存在を疑ってしまう程に。 「いっ……」 マヤが鋭い悲鳴を上げる。 俺の両手首を握り締める指先が白くなり、爪を立てられる。 熱く弛緩しきっていた白い身体がみるみる強張ってゆく。 現実の痛みが彼女の悦びに水を差す。 そしてその苦しみは俺の悦びをさらに高みへと誘う。 俺は王となってマヤという領土の隅々まで犯してゆきたいと願う。 だが実のところその領土の地図一枚持ってはおらず、どちらかといえば緊張と怯えに近い情念を抱きながら這うように彼女の肌の上を進み、後戻りし、また進んでいる。 優しいマヤは怯えながらも必死で俺の情欲を受け止めようと息をする。 大きく胸を動かし、切れ切れの呼吸の下から俺の名前を呼び続ける。 ――が、遂に堪えきれなくなり、仰け反りながら叫んだ。 「痛い――いたい、痛い痛い……ごめんなさい、速水さん――駄目。すごく、痛いよ」 唇が白くなりそうな程噛み締めながら首を竦めている。 俺は沈みかけた腰を浮かせ、手を伸ばしてマヤの頬を、髪を、肩を、撫で擦る。 その痛みさえもが、美しい。 押し広げ、切り開き、歪め引きずり回した後に一体彼女に何が残るのだろう―― 一瞬、その爪先にひれ伏して心から謝罪を乞いたくなる。 ああ、確かに君は死んでしまうかもしれない。 俺の狂った激情に振り回され、細切れにされて、絶望の淵に突き落とされてしまうかもしれない。 でもそれと表裏を伴にして、君は誰よりも強く、美しく生まれ変わることができるのかもしれないのだ。 それを予感しているからこそ。 痛みを訴え、全身を恐怖に慄かせながら、俺を引き寄せようと君は腕を伸ばす。 「……いたく、して――」 俺の髪の中に顔を埋めて、マヤが懇願する。 ――ああ、勿論。それこそが俺のただ一つ望んでいたことだから。 深く頷くと、俺はマヤの内部に押し入り、深々と傷つけ、抉り――野垂れ死んだ。
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