第2話


確かに、一目でそれとわかった。 その青年は明らかに周りから浮き上がり、異彩を放っている。 そうでなくとも、初対面の人間にそう気軽に話しかけられるマヤではない。 意外な人物を前に、オロオロと近くをうろつきながら、こっそりと様子を窺うだけである。 ――どうやら、あちらも人待ち顔だ。多分、間違いない。 日に焼けたというよりは地の肌の色なのだろう、確かに浅黒い、健康的に引き締まった肌。 黒い髪はドレッドで、じゃらじゃらとエスニック風のビーズやら何やらでまとめられている。 ベイズリー柄のシャツにルーズなデニムパンツを合わせ、 大きな旅行用、というよりは登山にでも出発しそうな大きな鞄を背負っている。 くっきりと目鼻立ちのはっきりした、南国の青年らしい顔立ち。 だがサングラスのせいではっきりした表情は読み取れない。 あまりに、普段のマヤの生活からは程遠いタイプの若者だ。 …というか正直、近寄り難い。 と、マヤの視線に気づいて、青年が先に声をかける。 「アイ、もしかして北島さんねぇ!?」 「…あ、え、ハイっ」 「権蔵じいちゃんの代わりで」 「えっと、岩間フネさんですけど」 「あー、はいはい、それうちのばあちゃんね」 「じゃああなたが…」 「ヒガです。よろしくね。へーっ、でもホントに女の子だねえ」 言いながら、サングラスを外す。 鋭い眉の下の、やはりくっきりとした切れ長の瞳がマヤを見下ろす。 不思議なイントネーションで、喋る。 見た目の近寄り難い雰囲気が見る間に崩れてゆく、穏やかないい声をしている。 それにどうも、「普通の」男の子の感じがしない…と、 一応芸能界に身を置いているマヤは心の中で少し首を捻った。 「ばあちゃんの知り合いの女の子ってゆうからどんなのよ〜っ思ってからさ。  でもまさか中学生の子寄越すとはね〜!びっくりしたさあ」 「は、あの…私一応、今年で二十歳なんですけど…」 「はっ!?」 青年はまじまじとマヤを見下ろした。 こうして近くに立つと、確かに背が高い。 (もしかしたら速水さんと同じか、それ以上あるかも…) と、ふいに真澄と比べてしまっている自分に気づき、慌てて頭から追い払う。 「嘘〜、じゃあ同い年だねえ!」 「えっ、ホントに?」 「うん、俺も二十歳だよ」 「うわーっ、それも見えないねー! 絶対年上だと思ったのに」 「そんなの、北島サンから見たらみんな年上じゃないの?  あ、もう言いにくいからマヤって呼んでいい?  沖縄では同い年は大体みんな呼び捨てだから慣れんさあね」 「あ、ああっと…じゃあ、私も…比嘉クンでいい?」 「うわーそれも恥ずかしいねえなんか…」 と、にっと笑った顔はまるで少年のように屈託がない。 「孫」というイメージで勝手に想像していたのとは全く異なるタイプだが、 一目みた瞬間に感じた不安とは意外に、自然に振舞えることにまず安心する。 通り過ぎる人々が時折ふたりを振り返り去ってゆく。 こういうファッションや、ちょっとルックスのいいの男の子なら それこそ東京には幾らでもいるだろう。 だが生命力に溢れるような若さとしなやかな美しさを兼ね備えたその青年は、 確かに曇り空の下の「東京」からは鮮やかに浮き上がって眩しいくらいだ。 だがそれだけではない、人を惹きつける何かを、この青年もまた確かに持っている。 と、ぼんやりしているマヤの先に立ち、比嘉は肩に背負った大きな荷物を抱えなおして歩き出した。 慌ててその後を追う。 「でもいきなりごめんね、別に一人でもいいのにさ。  ばあちゃん、自分が案内するって張り切ってたから断れんかったし…」 「いえ、大丈夫ですよ!今日は私も何もないし、おばあさんにはいつもお世話になってるし。  今日は地図も持ってきたし、どんと任せてください!」 「地図?」 しまった、と思ったが仕方がない。 顔を赤らめながら、マヤは背の高い比嘉青年を見上げ、おずおずと呟いた。 「ごめんなさい、私も東京…もう7年も住んでるのに、  あんまりどこにも行ったことなくて…よく知らないんだけど、  何とか案内はできると…思うんです、あ、自分でもちょっと楽しみだったりしてて…」 言い訳するうちしどろもどろになる。 と、ふと気がつくと、比嘉は荷物を床に滑り落としたまま長身を折って大笑いしていた。 「あはははは、あんた面白いねえ〜  いいねえ、じゃあ今日はふたりで東京見物だねえ!むははは…」 何もそんなに笑わなくても、とつい頬を膨らませてしまう。 まあ、誰かさんのように高笑いされないだけマシかもしれない。 「何処行くね?やっぱり東京タワーかな」 そらきた! ルートはしっかり頭に叩き込んである。 マヤは満面の笑みを浮かべて頷いた。 「うん、でその後お台場にも行ってみない?  東京タワーからは近かったよね」 「そんなのうちなーんちゅに聞かないでくださーい。  じゃあちょっと待ってね、ロッカーに荷物入れてくるから」 そう言うなり、比嘉はにっこり笑ってマヤの頭をぽん、と叩いた。 瞬間、何故だかどきんと胸がくすぐったくなる。 (…あ、なんか…) 同じことをいつか誰かに――そうだ、速水真澄だ。 彼も時々ああやって頭を軽く触る。 その時に感じてしまう、不思議なくすぐったさ。 変だと本当に思う、あんな冷血漢の意地悪な人は大っ嫌い、それなのに。 ああやってからかって、人がたじろぐのを笑って見てるようなヤツなのに。 ズラリと並ぶコインロッカーの一番上の棚に、余裕で荷物を押し込む比嘉の背中を見つめる。 今日は何故だろう、気づけばふと真澄のことを考えてしまうようだ。 (変なの…久々のオフだから気が抜けちゃったのかな) と、溜息をつきそうになった瞬間。 くっ、と頬を突付かれた。 はっと顔を上げる。 「ハイ、お待たせ。じゃあ行きましょうか」 「うん、よろしくお願いします!」 「何ね、そんなにかしこまってからさ」 大げさに礼をして顔を上げると、また笑われた。 不思議と人の心を落ち着かせる人だ、とマヤは思った。 もう、初めて出会ったような気がしない。 web拍手 by FC2

比嘉君。沖縄3大苗字の第1位に燦然と輝く比嘉君。ちなみに2位が金城さん、3位は大城さん。
苗字によって出身地が大体わかるのだが、比嘉姓のルーツは那覇らしい。
雑学さておき、比嘉君というキャラは当時一世を風靡し、すぐさま消える気配バンバンだった(笑)オレンジレンジを見て思いつきました。
あのかるーいノリね。ルックスイメージはDA PAMPのISSA辺りですがあそこまで眉は細くないといいな〜
本島の、特に中北部の人の訛りはすんごいので、標準語でもよーく耳を澄ませないと何を伝えたいのかよくわかりません^^;
今日もケーキ屋でお茶しながら、隣のおばぁたちの会話を盗み聞きしてたんだけど…標準語のはずなのにいまいちピンとこないの!
比嘉君もきっとそうなんだはず〜あれだ、スリムクラブの真栄田(声掠れてる方)みたいな感じだと思って下さい…あ、掠れてない美声でね。
マヤたんだから聞き取れてるんだよきっとww

    

last updated/11/06/02

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