第5話


「それにしても少し驚いたな。君たちが知り合いだとは」 「彼女ってば」 「ああ、はい彼女ね。東京には昨日着いたんだろう?」 「…気持ち悪いなあ、見張ってるば?」 「君らの説得に向かわせた者が行き違いでね。  親戚の結婚式か…だが用件はそれだけじゃないはずだ」 「さあ〜」 真澄は懐から煙草の箱を取り出すと、比嘉をちらりと見遣る。 「喉が悪くなるから吸わない。  大体女の子の前で吸いたくない。」 「全くだ、失礼した。それでは俺もやめておこう」 雨のせいかいつも以上に道路は混み合い、緩やかに進む車の外を雨に霞んだ町が流れてゆく。 少しの間の後、真澄はふとマヤに視線を遣った。 ふたりの大きな身体に挟まれて、小さなマヤはきゅっと膝を揃え、 比嘉の側の窓の外を見るフリをしている。 「君は彼のことを知っているのか?」 「比嘉クンは…いい人ですよ。意地悪な速水さんとは大違いです」 ふい、と横を向いたままマヤは答える。 「全く…少しは愛想ってのを覚えたらどうだ君は」 「速水さんの顔見たらどうしてもこうなっちゃうんです」 「やれやれ…まあいいだろう。  彼はね、沖縄を中心に活動するロックバンド、  GRAGE☆LANGEのリーダーでボーカリスト、 「奇跡の声」の持ち主とも称される比嘉智文君だ。  学生時代はこう見えて声楽でも全国的に注目されていたんだったな?」 「へへ。アフロで声楽やってたからねえ。  いろいろ面白かったんじゃない、みんな」 比嘉は悪戯っぽく微笑むと、顎に手を当てたまま窓の外に視線を遣る。   「その後は高校卒業時に組んだバンドの曲が沖縄で大ブレイク。  こちらでは去年からラジオでのリクエストが殺到して火がつき  現在のレーベルで出された五枚のシングルは各種チャートの連続初登場一位を獲得。  だが活動の拠点はあくまで沖縄、おまけに表立ってメディアに出ることもない。  だがここのところは「特別出演」で音楽番組に出ることも多くなってきたようだね」 「全く…ストーカーじゃないんだからやめてちょうだい。  もういいよ、テレビに出始めてからあんたらみたいな連中ばっかりさね。  音楽のことなんか何もわからん、売れるとおもったらすーぐ集って…」 と、ふっと真澄が鼻で笑う。 比嘉は珍しく陽気な表情を曇らせると、その横顔を睨んだ。 「何がおかしいね」 「いや…まだ甘いなと思っただけだ」 「は…?」 比嘉の声が低く鋭くなったのに、マヤは慌てて両方の男の顔を見遣りながら肩をすくめる。 だが真澄は何食わぬ顔で続けた。 「君たちアーティストは良くも悪くも観衆がいなければ成り立たない商売のはずだ。  商品がどうこう言いたいんじゃない、観衆がいなければ君らは育たないし存在価値もない。  ただ自分のためだけに歌いたいならそれもいいだろう。  だが君たちは違う、より高いレベルを目指そうと思ったら観衆を意識することは避けられない。  その中で自分の持つ能力をどこまで引き出せるかは自分次第だがね。」 「・・・」 君たち、という響きが、何故だか比嘉とその仲間を指しているだけではなく。 自分にもその言葉を向けられているような、そんな感覚にマヤはそっと真澄を伺う。 一瞬目が合った…が、ふっと瞼を伏せかわされる。 「…大衆に迎合して腐ってゆく者も消えてしまうものもいるだろう、  だがその厳しさに最初から背を向けているのはまだ甘いということだ。  沖縄でしか創れない音楽もあるだろうが、  俺から言わせれば今の君らはその枠の中で安心したいようにも見えるね」 「言うねえ…最初からあんたが出てきたら面白かったのに」 「まさか――」 「一足遅かったね、もう昨日のうちに他のトコと契約しちゃったぁ〜!」 「…それは残念だ。差し支えなければ何処の事務所か教えてもらえないか」 「…アクトスタジオ」 「…は?アクト…馬鹿かお前は!!」 苦虫を噛み締めたような真澄の顔が、一転呆れたように崩れる。 突然大きな声を出した真澄に、ふたりともビクッとして肩をすくめた。 「よりによってアクトスタジオ?あそこは早けりゃ来月にも潰れるぞ!  経営難で株主から訴えられてるの知らないのか?」 「えーーーーっっ嘘ぉ!!あんなでかい事務所が?潰れんの!?」 「はあ…レーベルがどうこう言いながら何を間抜けなこと言ってるんだ君は…  まあ君らが所属したのが知れたら少しは株価も上がるかもしれんが…  それこそ大したことないプロモでちょいと使われて、  挙句事務所をたらい回しにされるのは目に見えてるぞ…最悪だな」 心底呆れた、というように真澄は額に手を遣ると、 「その契約書類を見せてくれ、何とか白紙にしてやる」 「でも別に大都に行くって決めてないよ俺らは」 「じゃあ聞くが、君は何がしたいんだ?  大手で派手にやるのも嫌、インディーズの枠もそろそろ飽きてきた、  ちょっと目立ってそれでいい、そんな程度か?」 鋭く指摘され、比嘉は眉間に皴を寄せて黙り込む。 「まあ君らがどうしても、というなら無理にとは言わんさ。勿体無いとは思うがね。  話は以上だ。よかったら次に行きたい所にでも連れていってやるが?」 「・・・」 比嘉は窓の外をじっと睨んだまま答えない。 マヤはその顔を伺い――それから真澄を見た。 何だか、変な感じだ…女優も俳優も商品でしかない、仕事のためなら何にでも冷徹な男のはずなのに。 何故だろう、先程からの鋭い言葉の裏には、何か別の意図を感じる。 いや意図というよりは…感情、のような。 ふいに、今朝の情景を思い出す。 枕元に詰まれた沢山の台本、契約書の束、立てるはずもなかった舞台とその成功―― もしかしたら。 有り得ない…ああ、だけどもし、そうならば… マヤの掌にじっとりと汗が滲む。 と、ふいに比嘉が呟いた。 「マヤ、聞いていいね?」 「うん」 「マヤは何でこの速水サンをフっちゃったわけ?」 「え」 その言葉に、マヤと真澄の顔が一瞬凍りついた。 全ての会話を聞いていた水城は、思わず唇を噛む。 そのまま信号が赤になり、車が止まる。 ぴちゃぴちゃと、窓の外の雨音は段々激しくなってゆく。 web拍手 by FC2

日々暑い、しか言ってない気がします。今年初の日傘を買いました・・・が、風が強くて吹き飛ばされそうになること多々。
改めて読み返してみて、丁度このタイミングで沖縄に戻ってきた自分の生き方を速水氏に指摘されてる気分になってしまいました(笑)
比嘉君の迷いはそのまま学生当時の私の迷いであり、当時の感情がまざまざと浮かび上がります。面白いですね、たかがパロ、されどパロ。

    

last updated/11/06/08

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