第3話


周囲のオフィスビルから浮き上がる、ルイ王朝式のそのシャトーレストランは、 おそらく都内でも最高級のグランメゾン。 エントランスからホールに抜ける廊下は大理石と黒大理石がモザイク模様をなし、 磨きこまれた階段の黒い手摺を伝ってその先には、座席50席ほどのダイニングルームが広がっている。 クラシカルな壁の模様は、ベルサイユ宮殿のように金箔貼り・・・とまではいかないものの、全て職人が仕上げた本物で、 カーテンから革張りの椅子から、何もかもが贅を凝らした内装となっている。 想像はしていたものの、あまりに自分には場違いな気がして、期待とは別の不安にマヤの胸は潰れそうになる。 (あああ・・・やっぱりお金持ちなんだろなあ、紫の薔薇の人って・・・) 私なんかを間近に見てしまってどうか後悔されませんように・・・と、何とも情けない心持で肩をすくめる。 迎えの運転手は入り口まで送るとすぐに去ってしまったが、 サービススタッフのスムーズな案内に導かれ、 ゆったりしたテーブルの間をすり抜ける、両足はもう震えそうになっている。 マヤは気づかなかったが、そのスタッフはディレクトール、つまりこのレストランの支配人で、相当のVIP待遇なのだ。 それに気づいた何人かの客が、どこの令嬢だろうかと囁きを交わす。 だが最早そんな声に意識をやる余裕はない。 周囲から死角の位置にある個室に通され、柔らかなクッションの椅子に腰掛ける、その瞬間。 三枚重ねのリネンのクロスの上の、銀器に浮かぶプチフラワーに心臓が飛び上がりそうになった。 (・・・紫の薔薇!) ああ、もう幻じゃない。 確かにあの方が来るのだ・・・ほら、もうすぐそこに!! カッ、 と鋭い靴音に、マヤは反射的に椅子の上から飛び上がる。 「は、はじめまして!北島マヤです・・・こっ、この度は・・・」 言いかけて、深々と下げた頭を上げて。 見上げたその姿に、マヤの瞳は今宵一番に見開かれ、硬直する。 そう・・・紫の薔薇の人は、 すごく背が高くって。 もちろん女性ではなくって、 歳はたぶん・・・たぶんかなり召していらっしゃるはずで。 私の舞台を最初から観ていてくれた・・・熱心なファンの方で。 優しく、いつだって私を見守ってくれた人・・・ 「速水・・・真澄・・・」 背筋を戦慄が走り抜けてゆく。 豪奢な刺繍のカーテンの下、すらりと伸びた長身のその人は。 見間違いようもない、かつての自分の専属会社社長。 そして長年の確執を抱える相手であり、この間だって姫川邸で衝突したばかりの、 「う、あ・・・は、速水さん・・・?」 いつものように呼び捨てたのに気付いて、うっと唇に指をあてて言い直す。 その人は静かに佇んだまま。 いつも通り、一分の隙もなくスーツを着こなし、 この場にいるのが当たり前といった風情で、 カツリとまた一歩進んだ。 癖のある髪の下の、切れ長の瞳から、スッと視線がマヤの顔に落ちてくる。 固く引き結ばれた口角が、ふと緩む。 「やあ、暫く・・・」 零れる言葉も、もはや間違いない。 「ど、どうしてあなたがここに・・・?」 困惑の眼差しは、徐々に奇妙な焦りを伴う。 心臓はおかしな具合に飛び跳ねている。 剥き出しの肩は・・・ ここに来る前にレセプションでコートを預けてきたものだから、マヤの肩はドレスのラインに沿って綺麗に剥き出しとなっている。 その肩をすり合わせるようにして・・・ マヤはその答えを待つ。 緩やかな音楽の調べだけが、緊張した空気の外で渦巻く煙のようだ。 速水真澄は・・・ただ目の前の少女を見つめる。 もう決して手放しはしないのだと。 全てのものから彼女をこの手に掬い上げるのだと、その決意を瞼に焼き付ける為に。 その視線がマヤからテーブルの上に移動する。 既に某社により開発されている、世界初の青い薔薇。 「不可能」の代名詞ともされたその薔薇は、赤い薔薇と交配させることで完全なる紫の薔薇を可能にした。 まだ商品化されていないはずのその薔薇を、もう何年も何度となく自分に贈り続けている存在を、この人物が知らないはずはない。 では何故此処にいるの・・・? その視線の意味は何・・・? マヤは答えの出ない問いを頭の中で何度も反芻させる。 そして・・・たったひとつの、あり得ない答えに眉を歪める。 「こんな処で・・・あなたは何を?」 バッグの紐をきつく握り締める。 その手がしっとりと汗ばんでいるのに気づく。 真澄は、苦笑に似た表情を崩すことなく小首を傾げた。 その眼が全てを語っていた。 真実は見えにくいものだと。 不可能が可能になった時、人は新たな迷宮に迷い込むものなのだと。 ああ、どうしたって想像もしなかった。 この人であるはずがなかった。 この人が・・・よりによってこの人が・・・ マヤは無意識に首を振っていた。 真澄の視線はその怯える瞳を真っ直ぐ射抜いて動かない。 薄い、形のよい唇が開かれる。 最後の真実がそこから零れた時、この少女は一体どう反応するのか。 張り詰めた緊張は遂に頂点に達する。 web拍手 by FC2

あの「カッ」の瞬間、「つ、遂にキターッ!!!」とドキドキしながらページをめくって・・・ガッカリした時の心持ときたら。。
これぞガラカメ名物「どこまで引っ張るねんみうっちゃん!」ストレスの始まり、言い換えれば二次創作のエネルギー源なのであった(笑

    

last updated/12/01/06

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