現在マックで更新作業中。レストランのシーンが今一つピンとこないままに作業中。ちなみにBGMはジャミロクワイ。懐かしい。
last updated/12/01/13
「その・・・」 低い声に、ビクリと身体が動く。 真っ直ぐな視線がやっと動いた。 足の先から、ゆっくりとドレスのラインを追って、 マヤの鎖骨の下、それから顎先、髪の毛の筋にまで。 「その薔薇色のドレス・・・よく似合っているな」 思いもよらぬ言葉に、緊張が解けてゆく。 ・・・そうだ、この人が紫の薔薇の人なわけがない。 たまたま・・・たまたまここにいただけ、 そうでなければ・・・何だというのだ。 いつものように振舞えばいいのだ。 すっごく嫌な、ゲジゲジでも見ちゃったような顔で、 「これから大切な人に会うんです」 と、この場から追い出して――しまえばいいはずなのに。 その瞳の優しさに・・・冷たい言葉は喉に上がることもなく、ただ戸惑いだけが全身を支配する。 「俺がここにいる意味。君はどう解釈する?」 解けかけた緊張の間を縫って、またも衝撃が襲い掛かる。 もう、今夜は次々と予想もつかない展開ばかりで、 焦るだけの自分はどんどん後ずさりしてしまう。 気まずいその間隔を、真澄は躊躇うことなく一足で縮めてしまう。 いつかのパーティー会場のように、壁際に囲い込まれるかときゅっと目を閉じ・・・かけたところに、 現れるもう一つの人影。 真澄の肩越しに、最後の望みをかけて視線を遣る。 だがそこにいたのは、初老の上品な女性の姿だった。 「やあ・・・これは北白川さんじゃありませんか」 とたんに、今までのこちらを射抜くような視線は一転、真澄はその女性に向かって穏やかに話しかける。 「あら・・・貴方は・・・」 「大都芸能の速水真澄です」 「大都芸能の・・・ああ、速水さん。 速水社長の息子さんね!お会いしたのはもう随分昔のことですけれど」 女性は軽やかに応える。 「今日はどうしてこちらに?」 真澄の問いに、北白川と呼ばれる女性はバッグの中から一枚のカードを取り出して見せた。 「それが・・・この紫の薔薇の招待状をいただきましたの。 でも差出人の名前がないのですわ、悪戯かと思ったのですけれど。」 「ほう、紫の薔薇・・・」 一瞬、マヤに意味ありげな視線が飛ぶ。 ぽかんとして二人のやりとりを眺めていたマヤは、やっと事の異様さに再び眉をひそめた。 真澄は巧みな話術で女性から詳細を引き出す。 そしてあれよという間に三人目の席が設けられ… 気がつけばマヤはその北白川という女性、元オペラ界の花形でアルディスを演っていたともという女性に引き合わされ、 話題はいつの間にか『ふたりの王女』へと流れている始末だ。 先程までの、薔薇を巡る緊張は何だったのかと、不安になるほど真澄は全くいつも通りだ。 だが話題がこと今度の芝居の役柄になったとたん、マヤの思考はそちらにピタリと集中する。 その様子を窺いながら、真澄は整った表情の下、誰にも悟られぬまま微笑んでいた。 こんな風に、いつも彼女の傍にいられたならば。 さあマヤ、俺の導くままに真っ直ぐ進んでいけ、お前の道を。 お前という光の傍に、俺はいつまでも寄り添う影になる。 だからこい、もっと近くへ―― 俺の下へ、 この腕の中へ―― 食事はごく和やかに進んだ。 甘い食前酒のせいかマヤの緊張も徐々に解れ、往時の北白川の話に身を乗り出し、役作りの難しさに表情を曇らせ、 差し出された紫の薔薇に躊躇いながら微笑む。 そして「感覚の再現」というキーワード。 見えないものをあるものとして観客の前で体現させる、それは役者の経験と想像力。 ――王女の心をもって振舞えばどんな動きでもそれらしく見える その言葉に何かを感じ取ったのか、アミューズに前菜、そして主菜と次々に美味しい食事が運ばれてくるも、 味はそっちのけ、といった様子のマヤは、芝居に夢中になった時のあの浮かれたような瞳で。 それでも最後のデザートでは、甘いものが好きな彼女らしく無邪気な笑顔をぱっと浮かべるのが心底可愛らしい…と、 真澄は口元をナプキンで隠しながら何度目かの含み笑いを抑えられない。 それだけは目ざとく見逃さないマヤは、いつになく大人っぽい艶やかな表情を、一転軽く頬を膨らませた。 そして夜は流れてゆく――
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