第5話


三人は支配人に導かれ店の外に出た。 北白川を出迎える黒塗りの車、その運転手の姿を目にしたとたん、 つい忘れかけていた事実がひょっこり頭をもたげる。 (聖さん・・・!) 息を呑み、思わずふらつくマヤの肩に、 レセプションで受け取った白いファーを真澄がそっと掛けながら支える。 聖はほんの僅かこちらに向かって頭を下げる。 そして北白川を乗せた車は闇の向こうに消えていった。 ハッと振り返る。 あまりにも近い、この距離に。 またちぐはぐな鼓動とともに血が巡る。 真澄の大きな両手は、マヤの肩を支えたまま動かない。 身を離そう、とした瞬間に、するりと隣に滑り込む。 いや、身長差がありすぎるので、隣でエスコートするというよりは どうしても背後から抱え込むような形になってしまう。 「な・・・」 と、マヤが紅い頬を何とか鎮めようとあたふたするうち、 連れとして当然のようにふたりは見送られ、真澄はそのまま一階奥のエレベーターへ向かって歩き出した。 「は、速水さん!ちょっと・・・ど、どこに行くんですか!」 やっと声を絞り出す。 「何処って・・・まだ俺と君との話が済んでいないだろう?」 片方の眉を上げ、何気なく視線を落とす、 その完璧な仕草に言葉が出ない。 いやそれよりも・・・ チン、と音を立て、 金属の箱はゆっくりと開く。 その重厚な扉の前で、マヤは立ち尽くす。 結い上げられた黒髪の、クラシカルなビーズの装飾が淡い光を反射する。 その下の大きな瞳は、この先今度は何が起こるのかと真澄の姿を映し返し濡れている。 肌理細かな白い頬は、興奮の為か僅かに上気して薄い産毛が立つ。 ああ・・・心底、この少女を手に入れたい。 そう、心臓が呻く音が聞こえる。 確かに真澄はそう感じている。 閉じそうな扉を押えたままの手、その反対側の手が回って、 何の抵抗もなくマヤの身体は箱の中へと抱き込まれる。 地下一階のボタンが光る。 他に客はいない。 赤い絨毯の上の靴跡だけが、視界の片隅に飛び込み、だがそれもすぐに遮られる。 真澄の大きな身体がマヤに覆いかぶさる。 いつもと変わらないはずの鋭い視線は、 鋭さに加え妙な熱を孕みマヤを囲い込む。 「やはり・・・色は紫がいいのだろう?」 マヤは小さく口を開けた。 オレンジ色のグロスは食事の最中に薄く消えていた、 その僅かに残った跡を、真澄の長い指がそっと拭い去る・・・ この視線は一体何なの・・・? 貴方は何を考えているの・・・? 今度はマヤが瞳で問い返す。 刹那、指先についた色がその舌で舐めとられた。 瞬間、ゾクリと不思議な感情がマヤの身体の奥に沸き起こる。 今まで―― 全く感じたことのない、痺れのような感情が。 「次の舞台・・・君が俺に望むだけの薔薇、その色は紫がいいかときいているんだよマヤ」 チビちゃん、ではなく。 マヤ、と名前で呼びかける。 妖しいまでに研ぎ澄まされたその容貌で。 周囲のものを圧倒させるその厳格な佇まいで。 「紫の薔薇を贈れるのは・・・紫の薔薇の人だけです・・・」 おかしな返事だと思う暇もなく マヤは冷たい壁に背中をつける。 指から小さなショルダーバックがすとんと滑り落ちた。 同時に、地下駐車場へと扉が開く。 軽い揺れと同時に、真澄が長身を折りそれを拾い上げる。 そして見上げた。 「ああ、だからこの俺が贈るんだ、速水真澄が。  君の長年のファンである、紫の薔薇の人として。」 ひたり、と、マヤの両足を抱え込むようにして 金属の壁へ真澄の両腕が寄りかかる。 見上げる表情には、マヤが今まで見たどんな真澄にも・・・ そしてどんな共演者にも、初恋の人にさえも見出したことのない情熱が溢れていて。 そして。 「マヤ・・・俺を支配しろ」 低い呟きと共に、甘い薫りがした。 そしてその感覚を、今まで何度か感じていた事実を、やっとマヤは思い出した。 web拍手 by FC2

原作の一コマから妄想をねつ造して、それを組み合わせる。当時はそんな二次創作が楽しくて仕方なかったのでした^^

    

last updated/12/01/13

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