第6話


「支配・・・?」 苦しい、胸が苦しい息ができない。 視線を逸らすことができない・・・この感覚から逃れられない。 マヤは今にも涙を零しそうに、震える両目を大きく開き澄を見下ろしている。 「そうだ、君は俺を支配できるんだ・・・マヤ。  大都芸能の速水真澄を、まだ小さな女優にすぎない君が」 「な、何のことですか」 答える代わりに、真澄はふいに立ち上がると、閉まりかけたエレベーターの扉を押さえる。 マヤは慌てて外に飛び出す、冷たい地下駐車場の中へ。 その後ろから、真澄が腕を伸ばす。 華奢な左腕がぐるりと回転して、再び逃れられない間隔へと捕らえられる。 「わからない・・・何言ってるのか・・・わかりません。  は、離してください」 パッと、思わず強く腕を振り払う。 真澄の腕はすぐに外れる。 だが今度はそのまま反対の腕をそっと捕まえる。 肘から、ゆっくりとファーの毛並みに沿って、白く小さな掌へと・・・その手を緩く自分の手の上に乗せる。 踊るように、手を取り合う。 ただ違うのは、ふたりの心はまだこの腕の長さよりも遠く離れて、 向かい合うには少し早すぎるはずだ・・・ 「俺は君のファンだ。 君の舞台は好きだ、いつだって君を見ていた。 信じられるか?この俺がだ。」 軽く重なった手と手が僅かに震える。 どちらの手によるものなのかはわからない。 「君のことを、嫌いだと思ったことは一度もない・・・」 ふ、と掌が少し上がる。 マヤの手もつられて上がる。 空いた方の手が、もうひとつの手をとる。 つながった小さな輪は マヤの小さな腕いっぱいに横へ広がる。 そして静かに縮む。 手と手がマヤの鎖骨下で固く重なる。 真澄は一瞬目を閉じた。 そして、ゆっくりと開く・・・ 「君への薔薇だけが、俺の真実だ。  マヤ、俺は・・・君に魅かれてる」 精一杯の想いをこめて呟く。 だがその瞳に映りこむ愛しい少女は 小さく頭を振るばかりだ。 「嘘」 「嘘?」 「・・・だって速水さん・・・いつも意地悪なことばかり言う・・・  私のこと、き、嫌ってる、つきかげも、紅天女も・・・」 ガタガタと震えながら、マヤは言葉を紡ぎだす。 カツ、と一歩後ろに下がるミュールの音が響くが、繋がれた手は離れない。 「紅天女・・・紅天女のためですか?  だから・・・だからなんですか?だから・・・」 真澄は唇を引き結び、ぐっと手に力を入れた。 一歩前に踏み出しながら、一層マヤの上から屈みこむようにその顔を覗き込む。 「そう思うか?  俺はずっと君を騙してきたのかもしれない、  だが薔薇も嘘か、今の言葉も?  見破れないのかマヤ、お前は女優だろう。  真実と嘘の・・・その違いがわからないか?」 押し殺した息の下から、 震えるような低い声がマヤを押し潰す。 ――真実と嘘。 この男に出会ってから今この瞬間までの時間が マヤの頭の中を高速で流れてゆく。 冷たい言葉、思いもかけない優しい言葉、 追い詰める瞳、得体の知れない感情・・・ 色が、匂いが、光が、雨が。 あらゆる感覚が目まぐるしく蘇り、 マーブル模様をなして渦巻き・・・ピタリと今目の前に重なる。 「紫の・・・薔薇の人・・・?」 未知を覗き込む、黒い瞳がゆっくりと瞬く。 「あなたが、紫の薔薇の人・・・?」 一瞬の迷い。 今ならまだ引き返せる、 一笑に付して、「バカな、からかっただけだ」と言ってしまうなら今しかない。 真澄は少し唇を開けた。 その唇をマヤは食い入るように見つめる。 「・・・そうだ」 ――長い、長い沈黙。 耐え切れないほど長い沈黙。 マヤはただ見つめている。 端正な仮面の下、真澄の胸の内は激しく蠢く。 恐ろしいほどの不安と絶望、そしてほんの僅かの期待・・・ 早く、早く何か言ってくれマヤ。 でないと・・・今にも俺の心臓がどうにかなりそうだ。 と、押し殺した息をそっと吐き出そうとした時。 ぽろっと、 マヤの瞳から涙が零れ落ちた―― web拍手 by FC2

『言ったッ・・・遂に言ったぞッ!!第一部、完ッ!!!』――となるのか否か!!・・・妙な所でジョジョネタすんません^^;

    

last updated/12/01/15

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