都内も雪だそうですね〜冬に間に合ってよかったです、本作の再録^^ ラスト1話まで、どうぞお付き合い下さいませ〜
last updated/12/01/24
聞きたいことは山のようにあるはずなのに、 話したいことは数え切れないほどなのに。 隠されていた時間と想いの壁の厚さに、どこから手をつければよいのか。 今やっと向かい合った、ふたりの言葉は喉の奥に引っ掛かったまま。 さっきまであんなに近くにいたのに、 今はただこの微妙な間隔を縮める手段を探り合うばかり。 真澄の運転する車は、都内を抜け、やがて姫川邸の佇む静かな高級住宅街へと真っ直ぐに進んでいく。 そしてその一角にピタリと留まる。 夜はすっかり更け、遠く屋敷の窓から温かな光が漏れているのが鉄格子の門柱細工の隙間から見える。 エンジンを切ると、とたんに静けさがふたりを押し包む。 耐え切れなくなって、遂に口を開こうと互いに顔を見合わせた。 薄暗い車内に、戸惑う4つの瞳が交差する。 「どうした」 「え・・・あ・・・」 「何か言いたいことでも?」 自分で言ってしまってから、何を馬鹿なと心中で苦笑する。 何か言って欲しいだけの癖に。 自分が今何を思っているのか・・・薔薇の秘密の理由や、 これまでのすれ違い、言葉の意味、思惑の結果、 自分から明かすにはあまりに複雑すぎるから、彼女の方から何か聞いて欲しい。 だがマヤは何も言わない。 ただ、ありがとうと呟いたきり、 車に乗ってからは口をつぐんだままだ。 うつろな瞳で、膝の上の手はドレスを握り締める。 拒絶こそされはしなかったが、 困惑が今になって膨れ上がっているのだろう。 さあ、どうする。 真澄は、ハンドルの上で人差し指を叩きながら思案した。 「・・・支配って・・・」 「え?」 「支配しろって・・・その、どういう意味ですか?」 マヤは膝の上の掌をすり合わせながらおずおずと真澄を窺った。 「あ、その、聞きたいことは・・・ほんとにたくさん・・・あるんですけど。 なんか気になっちゃって、あの・・・速水さんの考えてることって、 私にはやっぱり何もわかんないから・・・」 上ずった声を、必死に抑えながら、マヤはやっと長い言葉を吐き出す。 その様子を窺いながら、果たしてどのようにこの胸の内を打ち明けるべきなのか、 先程の告白ではどうやらこの子には伝わりきらなかったのかと、 苦笑半分、戸惑い半分、真澄も言葉を探す。 「・・・簡単なことじゃないか。 俺は君のファンだと言っただろう? 君のためならなんだってしたいし・・・11も年下の君に簡単に振り回されてる」 「嘘だあ・・・」 「嘘じゃない。 だから・・・君がああしろ、と言えばするだろうし、 するなといったら・・・どうしようもない、というか・・・ だから、それは何もかも君次第という意味で」 「・・・」 言いながら、今になって気恥ずかしさこみあげてくる。 マヤは怪訝な顔でますます自分を見つめ返す。 「・・・君が俺のことを・・・嫌ってるのはわかる」 と、とたんに空気が再び変わった。 一番、触れたくない、それでも触れずには通られない話題へと。 マヤもそれを予測してか、くっと青ざめた。 「君にしてきた・・・今までの俺の行動を、薔薇に免じて許せなどは言わない・・・ 君の、薔薇への思いを踏みにじった結果にも心からすまないと思ってる、だけど・・・」 だけど。 その先が続かない。 いつしかハンドルの上にあった真澄の指は、口元にあてがわれてせわしなく動く。 「だけど、君に嫌われてるのは・・・正直うんざりだな。 まあ、自業自得なんだが・・・ああ、そうじゃなくて!」 突然、迷いを振り切るように頭を振る。 その端正な顔が切なさを湛えマヤに向かう。 鼓動が一層、早くなる。 「君は、君はどうなんだ?俺のことをどう思う、どうしたい?」 「ど、どうって・・・」 「自分でもわからないんだよ、マヤ。 君には想像もつかないだろうが、俺は最初から・・・ 初めて薔薇を贈ったあの時からずっと君を見ている。 君に魅かれているのは確かで、だけど君は嫌ってる。 それでもこの想いはどうすればいいんだ? 影でいることをやめてしまったらどこで君を見守ればいい?」 「ちょ・・・ちょっと、待って下さい速水さん」 勢いあまって早口に言葉を連ねる真澄に向かって、マヤは思わず叫んだ。 深く溜息をつき、そして何事かと自分を一心に見つめる真澄に恐る恐る向き合ってみる。 「もう、何でも、いきなりで強引なんだから・・・」 小さく呟いてみせて、 「今夜は・・・いろいろありすぎて、私も・・・よくわからないんです、みてくださいコレ」 突然、マヤの小さな手が伸びて、真澄の右手の甲に触れる。 その指先は氷のように冷たい。 戸惑いながら、小さく笑って、マヤは続けた。 その顔は、もうチビちゃんと呼ぶには憚られるほどに艶っぽいと、 今夜の衣装やメイクのせいだけではなく、確かに真澄はそう感じた。 少女はあっという間に大人になる。 あっという間に・・・ 「でも、でも打ち明けてくれてありがとうございました・・・あの、私すごく感謝してます、今までのこと」 ・・・ではこれからは? もうおしまい、さようならなどと言い出すのか? 真澄は黙ってままその続きを待つ。 マヤはモジモジと指を動かし・・・それから決心したように切り出した。 「ただ・・・びっくりしちゃって、まだほんとによくわからない・・・ 確かに、速水さんのこと・・・キライって思ってたかもしれないし、そうじゃない気もする・・・あの、つまり・・・」 「ハッキリ言ってくれ。 俺が好きか、嫌いか」 「好きか嫌いか!?」 悲鳴を上げるように、マヤは叫んだ。 そして、心底困りきった表情で、 「だから・・・まだよくわかんないって、言ってるじゃないですか!」 「ズルイな。俺はもう全部吐き出したってのに」 「えっ・・・だから、もう、なんでわかってくれないんですか? 紫の薔薇の人は、私のすごく大切な人です。 それを好きか嫌いかなんて聞くほうがズルイんです!」 何だか、いつもの雰囲気になってくる。 ようやくふたりの表情が緩んで、言葉が飛び出してくる。 「じゃあ、まだ望みはあるのか?」 「望み?」 「俺は・・・まだ君に薔薇を贈ってもいいんだな? これからも、この先もずっと?」 迷いなく自分に向かって降り注ぐ。 意地悪そうな口調で、でも目は限りなく優しく。 その口でそんな風に言われたら、 一体どうやって応えればいいのだろう。 でも、もう決めていた。 夕方、この門をくぐって紫の薔薇の人に会いに行く時から。 心をこめて、ありがとうと。 そして、これからも私のことを、見守って欲しいのだと。 そう伝えようと、決めていたから。 「それは、私の方からお願いしたいことです、速水さん。 私・・・どうしても、紅天女を諦められないから・・・ これからも・・・もし貴方がまだ私を見捨てないというなら、 これからも・・・」 その先は、どうしても震えて言えなかった。 今更、今になって、それもよりによってこの速水真澄に向かって言う言葉のようには思えなくって。 「こ、これからも、見守ってくださいっ」 やっと絞り出して、堪らなくなり飛び出す。 だがドアを開け、身体を外に滑り出させるその瞬間に、再び、運転席から伸びた手に腕をとられてしまう。 「何故逃げる」 「逃げません!私・・・次の舞台、ちゃんとつとめてみせます、アルディス・・・」 そっと、 握られた指を振りほどいた。 カツリと、アスファルトにミュールの音が響く。 助手席に半身を伸ばした真澄を、マヤは闇の中から静かに見下ろした。 街灯の淡い光が、やっとその表情を照らし出してみせたのが、 真澄にはこの上もなく魅惑的に映る。 「それで・・・それで、薔薇の花をめちゃくちゃたくさん・・・あたし、速水さんに贈らせてやるんだから」 最後の台詞は、少しおどけた調子で。 半ベソをかいたような、赤い目元で真澄を見つめた。 そして、 ふ、と息を吐き、 するりと門の向こうに消えてゆく。 その後姿を、真澄は幻を追うように見つめ続ける――
都内も雪だそうですね〜冬に間に合ってよかったです、本作の再録^^ ラスト1話まで、どうぞお付き合い下さいませ〜
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