あの子と自分との歴史を振りかえってみる時、そこには常に嵐の冷たさがセットでついてくる。
実際風雨に巻き込まれたことは何度となくあったし、常に対立してばかりの俺たちの関係こそ嵐みたいなものだった──
その最たるものが、彼女が一度失脚した頃の一連の出来事だろう。
俺は生まれて初めて誰かを”愛する”ことに極端に怯えていて、その対象であるはずの彼女に誰よりも辛く当たり、遂に不幸のどん底にまで突き落とした。
俺の手の内にいる間は大丈夫だと、キス一つで存分に利用されてやると告げた約束は破られた。
くだらない陰謀と、全てを掌握できると思い込んでいた俺自身の自惚れの前に、彼女は潰された。
あの夜──やはり嵐のあの夜。
最早憎むことさえできなくなった、と、彼女は呟いた。
少女の嘆きにしてはあまりにも重いその台詞を、俺は呆然と受け止めた。
前に進みたくない。
全て忘れたい。
忘れさせてやると言ったのはあなただ──
縋るような眼でそう言った。
熱に浮かされた頭が口走った台詞だと必死で心を落ち着かせ、その場を去るのが一番だと思った。
だが、俺の袖を握り締めた彼女の力は思った以上に強く、意志の力を感じた。
一度全てを手放さなければ生きていけない──と、嵐に翻弄される小枝のような腕が俺の心臓を鷲掴みにしながら叫んでいた。
その後にどれだけ憎まれようとも。
お前の生き甲斐を、お前の全てを取り戻してやる──と、堅く決意しながら。
最後の約束を守るため、そっと彼女に口付ける。
どこもかしこも熱く燃えるようだったが、唇だけはひんやりと冷たかった。
先ほど、薬と共に与えた水がまだ表面を潤している──その艶やかさは、少女のものでありながらもう少女ではなかった。
大人と子供の境目で、彼女は一秒ごとに目まぐるしく変化する。
彼女の顔の横に両手を置き、ゆっくりと視線を落とす。
僅かに伏せられた睫毛の先が小刻みに揺れ、軽く弧を描く喉元はサイズの合わないパジャマの襟の下に可愛らしい鎖骨の頭を覗かせている。
指先でそっと跡を辿ってみると、案の定しっとりと汗ばんでいた。
白い額にかかる前髪をかきわけて額を寄せる──雨に濡れたままで冷たい俺の皮膚に、彼女は眉根を寄せながらも気持ちがいいのか、ほっと溜息を漏らした。
その吐息が、俺の最後の躊躇を甘く打ち砕く。
彼女はもう、全てを忘れさせる感覚の在り処を知っている──俺が、教えたのだから。
それは、どんな憎しみも悲しみもほんの一時だけ消し去ってくれる、秘密の技法。
その後に訪れるとてつもない深さの虚無感さえ、我慢することができるならば。
まして憎しみ合う者同士で行われるその後に押し寄せる絶望は図り知れない。
それなのにこうして手を伸ばしてしまう愚かしさを、今だけはただ受け入れてくれ。
壁の照明を2段階落とすと、シャンデリアの光が消えてサイドボードのランプだけがぽつんと灯る。
真夜中に突如巻き起こった騒動に色めき立った屋敷内も、今は元通り静まり返っている。
パタパタと遠くで響く定期的な音は、壁を叩く庭木の枝か何かだろう。
それ以外に、強く降りしきる雨音や風の存在を示すものは何もない。
病人じみた彼女の息遣いと、冷たく凍えた肌の下に熱い血を隠す俺自身が、二人が嵐の只中にあることを教えてくれるだけで。
濡れたシャツを脱ぎ去り、ローブを纏う。
彼女はぼんやりとした眼差しを天井に向けたまま、オレンジ色の中に夢のように浮かび上がる。
両腕は頼りなく上掛けの上に投げ出されている、その端に俺は身体を斜めに横たえた。
右肘を立てて頭を支えると、まるで幼児を抱えるようにして彼女を覗き込む。
左手で熱い頬を撫で、耳の裏へと指を滑らせて、湿り気のある黒髪を梳いた。
何度となくそれを繰り返すうちに、きつく寄せられていた彼女の眉根が徐々に緩み始める。
上掛けの上で握り締められていた手のひらも、ふと視線を落とすと僅かに開かれていた。
固く瞑っていた瞼が、ほんの少しだけ開かれる。
それから、恐る恐るこちらを見つめてくる──その目に、微笑んでやったりはしない。
いつものポーカーフェイスでいいのだ。
この想いは、誰にも、彼女にさえも漏らしてはならない。
忘れたい、という彼女の願いを叶えるのに、余計な情熱はいらいないのだ。
俺を利用しているのだと、そう思えばいい。
愛されているなんて考えてはいけない──
自分の母親を殺した人間に、愛されているなどとは、決して。
微笑む代わりに、耳朶を甘く噛む。
毛細血管が浮かび上がる、その薄く複雑な曲線を、巻いた唇の先で含み、息を吹きかける。
その途端、マヤが首筋から一気に肌を粟立てたのがわかった。
緩めた手のひらが再び握り締められ、唇が何か言いたげに開かれる。
それと同時に、緩慢に動かしていた左手を素早く上掛けの中に滑り込ませた。
彼女の熱で温められたその空間で、小さな身体がびくりと捻れる。
上体を少し動かし、マヤの頭の上に顎を埋めるように顔を寄せる。
差し込んだ左手は平らかな腹の上に添えられている。
パジャマの上から、そっと喉元まで撫で上げた。
たくし上げられた布地の下から汗ばんだ熱い肌が顕れたかと思うと、マヤは反射的に両脚を引き寄せて丸くなった。
勿論、下着は付けていない。
震える肌の上を、踝から脹脛、太股の側面にかけてゆっくりと指を這わせてゆく。
冷たい指先に吸い付くようなその熱さは大層心地良くて、それは彼女も同じようだった。
ふうっ……と、長く熱い溜息が赤い唇から零れる。
それと同時に、俺は太股の付け根から腰に向かっていた掌を、そのまま胸の中心へと落とし込んだ。
背を丸めたことで寄せられた仄かな胸元の膨らみ──その中心の筋に人差し指と中指を滑らせてみると、汗の滴る感触がした。
指が滑るがままにまかせ、一気に喉元へ。
そして再び中心を通り過ぎて臍の上へ……そこで暫し留まる。
「──怖いか?」
一応、聞いてみた。
「……知らない」
頑なに、だが予感に震えながら身体を縮める。
「そうか」
上掛けの上から、マヤの腕がぎゅっと俺の左腕を圧迫する。
だが、手首から先の動きまでを抑えることはできない。
布団の中で薄い煙のような陰毛を掻き分けて、切ない筋目にそっと指を沿わせた。
「あ」
溜息とも、叫びともつかない声が、天井の闇に吸い込まれる。
上半身を起こし、肘をついた状態でマヤの様子を眺める。
一杯に見開かれた瞳には涙がじんわりと浮かび、オレンジ色の光の粒が踊っていた。
「声は──立てるな」
「でも」
「我慢できなくなったら、噛んでいいから」
きらきらと光る黒曜石の瞳を、瞼を右手の指でそっと撫でて封印し、そのまま指を唇の中に差し込む。
薄い舌が怯えたように引っ込むのを追いかけて、濡れた歯の裏側を一枚ずつ数え上げて──その隙に再び、左手の行為を再開させた。
俺も眼を閉じ、ただ肌と肌の触れる部分のみに全神経を集中させる。
愛撫が伝えるものは時に言葉よりも雄弁だ。
言葉がない分、全てを指先から伝えてゆく。
以前、社長室にやってきた彼女を初めて抱きしめた時には──薄い下着が辛うじて覆い隠していたが、今はその形ばかりの壁すらない。
当然、こんな異物を受け入れることなど生まれて初めての、未熟なその部位。
それなのに、紛れもなく女としての反応を示し、絖らかに光を放つ様が眼に浮かぶ様だ。
俺はマヤに気づかれぬよう浅く息を吐くと、人差し指をゆっくりと差し入れた。
途端に、マヤの背筋が弓なりに軋み、圧迫感が手首の上にのしかかる。
「ふ……」
「──力を抜け、あの時みたいに」
常套句とはいうものの、そう簡単に力が抜けられるものなら処女膜なんてのは意味を成さない訳で。
マヤはみるみる緊張の度合いを強め、今や皺くちゃのシーツの上でゴム鞠のごとく丸まっている。
口の中に押し込めた指にくっと歯の先が当たった。
もっと必死で抵抗して、それこそ憎しみのあまり引き千切らんばかりの圧力を覚悟していたのに、何を躊躇しているんだ、この子は。
だが俺の指は躊躇しない。
狭い入り口の緊張を宥めるように、隙間から内部へと抜き差しを繰り返す。
表面は汗ばんでいるが、その内部の熱は──とろりと指に纏わりつく薄い粘着質のそれは。
「何か、わかるか、これ」
「……」
「一応言っとくが、お漏らしじゃないから安心しろ」
うっかり軽口を叩いてしまったら、やはり笑いが込み上げて抑えられなくなってしまった。
鼻先で堪えたが、マヤは敏感に察知したのか真っ赤な頬のまま俺を睨み上げると歯に力を込める。
「っ……悪い、冗談だ」
「悪趣味……」
返す言葉もない。
人差し指を出し入れしたまま、残りの指で周囲の薄い皮膚を撫で擦る。
親指は太股と腰の付け根の緩やかに盛り上がる骨の上を辿り、凹みを押さえつけた。
段々と丸い背中の上に快感の小波が立ち初めている様子なのを察して、わざと避けていた一点へと向かって中指を進めてゆく。
まだ青い芽が隠れている、その上に重なる薄い花弁を爪先で掻き分けると、一際強く口内の指を噛まれた。
少女の途切れ途切れの息が歯の隙間から、鼻から甘く抜けてゆく。
妙やかなその調べにうっとりと漂いながら、繊細な襞の奥に潜む花芯を探し当てる、その僅かな旅路に永遠のような時を刻んでゆく。
「きゃ……あああんっ」
堪えられない悲鳴が、布団に押し付けられた頬と乱れた髪の毛の間から零れ出た。
上掛けの上から、俺の両腿の付け根を抑え込むようにして両手を押し付けてくる。
火のように熱いその塊を、マヤの身体を、膝で強引に押し広げた。
力を抜くどころか猛烈に抵抗するのを、一度指を引き抜いた上で完全に自分の身体の上に密着させる。
寝具はどこもかしこもズレて波打ち、上掛けも彼女の肘の当たりまでずり落ちている。
荒い息を堪えながら、固く瞼を閉じるマヤ──
一体、その瞼の裏に何を見ているのだろうか。
大嫌いな男に弄ばれてでも忘れたい辛さは、苦しさは、今与え続ける刺激によって少しでも薄れて消えてくれているのだろうか。
いや、そうでなくてはならない──
夢は見なくて良い、ただ快感の粒だけを追って、潰れて、弾ければ。
後ろから固く抱きしめたまま、俺は執拗にマヤの滑らかな肌の上を彷徨い、実り始めた果実の青さを存分に嗅ぎ、ほんの僅か、内部を犯していった。
全てを奪い去るにはやはり彼女はあまりにも幼く、二人の関係は微妙だ。
だからといってこの行為が倫理的にも、また常の彼女の常識的にもまったく認められないのは十分理解しているつもりだが。
マヤの鼓動が、吐息が、どんどん早くなる。
差し込んだ指はまだ2本、第二関節までが限度。
かなり狭く、何とか異物を押しのけようと締め付けてくる。
同時に、侵入を少しでも滑らかにしようと分泌される体液の酸っぱい香りは誤魔化しようもなく、
目の前で確認せずとも手首までべとべとに濡れているであろうことは明らかだった。
もぞもぞと擦り寄せられる太股の動きを封じたまま、ぷっくりと存在を主張して艶めく花芯に指先でキスを贈った。
意地っ張りな彼女と同じように、最初こそそのキスを無視するかのように揺らめいていた花芯は、やがて涙を流して嫌がり、悦び、それを恥じた。
「あ……あ、や、は──ああっ……」
段々と押し寄せてくるのであろう、得体の知れない何かに怯えながら、マヤは小首を振る。
その宙に浮くような感覚、頭の奥に閃光が走るまでの気が狂いそうな切迫感──
それを快感として受け入れるまでには、まだまだ彼女は慣れていない。
ただ、その行為の果てに全てを消し去る一点があることだけは知っていて、それを自分で導き出すのが怖くて、必死で俺の腕にしがみ付いている。
丸まった足の爪先が奇妙に捻れ、全身が小刻みに震え出した。
もうすぐ終わりがやってくる──俺の全てが、彼女の肌とその下の感覚とシンクロして動く。
最早俺の指は、息は、熱は、俺自身のものではない。
彼女によって引き出され、彼女の思うがままに動く、彼女の器官の一つ。
勿論、身体は猛烈に”速水真澄"自身の快楽を主張して不平を零したが──固い意志で無視した。
遂に達したその瞬間、強く噛み締めた指先から彼女の哀しみが津波のように押し寄せてきた。
破瓜の血の代わりに流れた俺の血を吸いながら、マヤはただ咽び泣く。
投げ出され、翻弄される感覚に怯える彼女を、繋ぎ止める術といったらただ不器用に抱きしめることしかできなかった。
愛している、なんて当然、言えるはずもなく、かける言葉もあるはずがない。
「大っ嫌い──あなたなんか……死んじゃえ」
泣きながら呟く彼女のうなじに舌を這わせ、
──その言葉で、もう死んだも同然だよ
と、心の中で微笑みながら応えてやる。
死体に抱かれながら、何度でも昇り詰め、散るがいい。
そして蘇るのだ──強く、しなやかで、燃える眼をした、あの日のお前に。
去年の11月に書いた本作、今回ほぼ修正せずUPしてます。
唯一大幅な修正と呼べるのは…「春草」を「陰毛」と置き換えたッ!!以上ッ!!!!
だって「春草」なんて日常言語じゃないんですもん…江戸時代みたい(笑)
いや、性的表現程日常言語とかけ離れてるものはないんですけどね!難しいもんだ^^;
実の所、今まで書いてきた中で最もお気に入りが本作だったりします。モエドコロはほとんどないような気がしますが(涙)
ちなみにオーガズムの瞬間を「小さな死(La Petite Mort)」と言う、とどこで覚えたのか必死で思い出そうとしているんだけど思い出せません;;
立花隆の『アメリカ性文化革命』だったか高校の倫理の時間か何かだったか。
「こけしの本来の使用法」について真顔で説明してくれる国語教師がいた学校だったんで後者かもしれません。
last updated/11/03/30